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「こいつは一体何なんだ?」 時空管理局第14支局、ロストロギア暫定隔離区域。 クラウディアによって回収された所属不明機。 それに付随していた3つの自立兵装を前に、支局長は解析班主任へと問い掛けた。 直径約6m、オレンジの光を放つ球体。 制御機構らしき4本のロッドを取り付けられたそれは、隔離結界に囲まれた状態で床から3m前後の位置に浮かんでいた。 しかし、重力制御魔法など使用されてはいない。 それは自ら、何らかの力場を発生させて浮遊しつつ、ゆっくりと回転しているのだ。 更にその側には、同じくオレンジに発光する直径2mほどの球体が2つ。 球面の半分を機械部品に覆われたそれらは寸分の狂いも無く同じ速度で回転しており、其々の球体表面は常に同じ角度を保っていた。 6mの球体の周囲を周回するその様は、惑星と衛星の関係を思わせる。 それらの様子を空間ウィンドウ越しに見詰めながら、主任は口を開いた。 「取り付けられた機械部品の文字を名称とするなら、大きい方は「フォース」、小さい方は「ビット」となります。どうもこいつは、あの機体の補助兵装らしいです」 「そんな事は解っている。私が知りたいのは、これがどんな仕組みで成り立っているのかという事だ」 支局長の言葉に、主任は眉間の皺を深くする。 支局長の言葉が不快だったのではない。 多くのロストロギアを目にしてきた自分が、経験から答えを導き出せない事態にいらついているのだ。 「こいつが高エネルギー収束体である事は解りました。しかしエネルギーの塊でありながら、機械部品が物理的に引っ付いている原理が解らないんです」 「魔力は用いられていないんだな?」 「一応、計測機器に反応はあるんですがね。ところが、どれだけトンでもない値が検出されようが、周囲の魔導士は欠片も魔力を感じないときた。おまけに、武装隊から引っ張ってきたインテリジェントデバイスまで、魔力は検出できないと言い出す始末です」 「つまり?」 「機器は誤作動を起こしていた。こいつが持っているエネルギーは、魔力に似ちゃいるが全く別のものって事です」 絶句する支局長。 それを横目に、主任はウィンドウ越しに短く指示を下した。 するとフォース、ビットを映し出すウィンドウに、幾つかの数値が表示された。 「結界内の魔力密度を上昇させます。計測数値を御覧になって下さい」 その言葉に、支局長は値を増してゆく計測数値を見る。 魔力指数、1万、10万、15万、50万と、徐々に数値が増大してゆく。 しかし数値が80万を指した時点で、魔力密度の上昇は唐突に止まった。 結界内を見るも、フォースとビットに変化は無い。 支局長は、納得した様に頷く。 「成程、あれが耐え得るのは80万相当の攻撃までか」 魔力を用いない防御兵装としては妥当なところか。 そう思考する支局長の耳に、主任の指摘が飛び込んだ。 「出力を御覧になって下さい」 その指摘に従い出力計へと目を遣った支局長は、そのまま凍り付いた。 主任は無感動に、数値を読み上げる。 「出力、250万に到達。280・・・320・・・390・・・470・・・500万を突破」 「馬鹿な!?」 やがて、出力計の数値は増大を止めた。 設計限界、安全性を確保した上での最大出力だった。 「630万・・・対象に変化ありません。結界内魔力密度、80万に固定されています」 「吸収・・・? 魔力を吸収している」 「吸収というより、こいつは一定値以上の魔力を「喰って」いるんです。計測方法が無い為、喰われた魔力がどういった形で取り込まれているかは解りませんが」 信じられない現象だった。 今までにも魔力を喰らうロストロギアが無い訳ではなかったが、魔力を有しない存在がそれを為すなどという事例は聞いた事が無い。 何かの間違いではないのか? 沈黙する支局長を余所に、主任は更に指示を出す。 すると魔力密度は通常値に戻り、結界が消えると同時に隔壁の一部が開いた。 そこから、満身創痍の「獣」が姿を現す。 所属不明機、名称R-9A。 ロストロギア運搬用のカーゴに載せられたそれが近付くや否や、フォースと2つのビットは弾かれた様にその機体へと突進した。 支局長の身に、緊張が走る。 しかしフォースは機体へと衝突する事無く、その手前で停止・回転すると、4本のロッドを機首に向ける様にして停止した。 ビットも同様に、機体を中心として対角線上に位置する様に静止、暫くして周回運動を始める。 思わず息を吐く支局長。 「心臓に悪い」 「済みません。しかし、この状態で面白いデータが取れましてね」 「何だ?」 「あのフォースとかいう兵器、単体だと魔力を分解して取り込んじまうんですがね。接触こそしていませんが、こうして機体と接続すると・・・」 すると機体の脇に、武装局員が現れる。 機体前方には再び結界が張られ、それを確認すると、局員は魔法を放った。 機体のすぐ隣から、4本のロッドの内側へ。 何の事は無い、ごく初歩的な射撃魔法。 その、筈だった。 その魔法が、フォースに命中するまでは。 「・・・お解かりになりましたか? この兵器が、如何に危険な存在か」 主任の問い掛けに、返す言葉は無い。 支局長はただ呆然と、焼け焦げた隔壁を見詰めていた。 たった1発の射撃魔法。 それはフォースに命中すると同時、荒れ狂う光の本流となって結界を襲った。 数十発、超高速の魔導弾幕。 三重の結界を一瞬にして打ち破り、隔壁を抉る。 明らかに範囲殲滅魔法と同レベル。 これは、まさか。 「触媒です。何らかの手段で機体と接続する事で、あの兵器は接続面からのエネルギーのみを特異的に触媒・増幅する機能を持っています」 呆然とウィンドウを見詰めれば、今度はフォースの前面から魔法を放つ局員の姿。 しかし今度は、魔導弾は増幅される事無くフォースに喰らわれる。 分解・吸収まで1秒足らず。 いや、その瞬間さえ視認できなかった。 もしや、分解すらせずに一方的に喰らっているのか。 「私個人としては、これはロストロギアの類ではないかと・・・いえ、そうあって欲しいと思いますがね。こんなもの、現在の次元世界の技術力で造り出せる物じゃない」 ウィンドウの向こうで、機体とフォース・ビットを引き剥がす作業が始まっている。 其々の間に結界を張り、カーゴを後退させての強引な分離作業。 やがて接続が途切れたのか、フォースは新たに張られた結界の中心に、ビットはその周囲へと落ち着く。 機体は隔壁の向こうへと消えていった。 「残念な事に今のところ、こいつは第97管理外世界で造られたとの見方が有力です。余りにもプロテクトが固い上に魔法とは互換性が無いんでシステムを覗く事は出来ませんが、其処彼処に使用されている言語から見るに間違い無いかと」 支局長の目が力を取り戻し、主任へと視線を送る。 それに答える様に、彼は結論を伝えた。 「こいつは魔法体系を用いずに造られた、魔法を越える兵器ですよ。異常に発達した科学が生み出した化け物です」 結論が伝えられるや否や、彼は決断する。 「本局に連絡を。それと、この事は解析に関わった者以外には漏らすな」 本局へと、緊急の通信が発せられた。 * バイド。 自己増殖能力を備えた粒子によって構成されながら、同時に波動としての性質をも併せ持つ、超束積高エネルギー生命体。 あらゆる物質へと伝播・干渉する能力を持ち、生態系を侵し、機械を操り、時に精神すら貪る。 従来の兵器は対バイド戦に於いては有効たり得ず、同じく純粋培養したバイド体を用いて製造された「フォース」、本来はアステロイドバスターとして開発され対バイド兵器へと転用された「波動砲」によってのみ、敵性体に対し打撃を与える事が可能。 バイド体の多くは人類の兵器同様に異層次元航行能力を持ち、時に空間ごと軍事施設を取り込み、「汚染」する事さえ確認されている・・・ そんな事は、軍で散々に叩き込まれていた。 バイドは敵勢力を殲滅するに飽き足らず、時にそれらを喰らい、己が勢力の一部とする。 そうして汚染された友軍を、幾度となく目にしてきた。 太陽系外周を、軍事施設を、都市を。 それらを命懸けで守っていた者達が、バイドと化して襲い来る、悪夢の様な光景を。 汚染されたものは数え上げれば限が無い。 それは都市防衛用の小型無人兵器であったり、攻撃型の中型有人機であったり。 大規模殲滅型の大型機動兵器、全長十数kmに達する巨大異層次元航行戦艦だった事さえある。 兵器だけではない。 時にバイドは、戦闘とは全く無縁のシステムを侵食し、人類に対する刃と為す。 災害救助用大型輸送機、都市再生用大規模範囲破砕機、資源採掘坑道輸送システム、廃棄物処理場資源回収システム・・・ 凡そ戦闘を想定して建造されたとは思えぬものですら、バイドによっておぞましい殺戮機構へとその様相を変貌させるのだ。 民間旅客輸送船団に接触したバイド体を目にした時の、悪夢そのものの光景が脳裏を過ぎる。 そのバイドは破棄された研究用小型コロニーの制御中枢に同化、これを復旧すると共に完全に支配下へと置いていた。 緊急用推進システムを稼動させて民間航路を辿り、やって来た輸送船団を丸ごとコロニー内に取り込んで「捕食」したのだ。 そして20時間後。 艦隊が到着した時には、コロニーは既にバイドの資源再生工場と化していた。 建造中の小型艦艇。 「資材」は捕食された輸送船。 培養される有機生態部品。 「原料」が何かなど考えるまでもない。 敵主要兵装破壊より6時間後。 全ては、応援として到着したヘイムダル級戦艦、そして「R-9S STRIKE BOMBER」の編隊による、波動砲の一斉射によって消し飛ばされた。 生存者の捜索は為されず、それに対し意見する声も無かった。 バイドに汚染された旅客達は、どんな心境だったのだろう。 恐怖に蝕まれたのだろうか。 絶望に身を焦がしたのだろうか。 希望に縋ったのだろうか。 怨嗟に狂ったのだろうか。 いや、もしかしたら。 バイドの精神干渉は、それとは全く別のものを齎すのかもしれない。 例えば、対象の精神を取り込むべく、現実としか思えない幻の世界を体験させる事も考えられる。 丁度、自身が体験しているこの状況の様に。 「貴方には時空管理局所属艦艇撃沈の容疑が・・・」 女だ。 女が喋っている。 金髪の、見慣れない褐色の制服に身を包んだ女。 その後にもう1人、同じ服を着た女。 感情の窺えない目で、此方を捉えている。 はっきりとしない思考で、彼は考える。 これも、バイドの見せる幻なのか? 「もう一度訊きます。貴方の所属は? 管理局所属艦艇との交戦に到った経緯は?」 馬鹿げた妄想と笑い飛ばせるほど、彼はバイドに関して無知ではなかった。 4世紀もの時を遡り、時空の壁すら引き裂いて22世紀へと現れた、人の手による絶対生物。 「人類」自らが建造した、禁断の兵器、狂気の産物。 バイドに汚染されて、無事に戻った者は居ない。 バイド化したR-9Aが鹵獲されたという話もあるにはあるが、パイロットが生存していたという話はやはり無い。 恐らく、既に人間ではなくなっていたのだろう。 「内容の如何によっては、管理局が責任を持って貴方の身柄を保証します。質問に答えて下さい」 皮肉な話だ、と彼は思う。 彼の愛機もまた、R-9Aだった。 そう、「R」シリーズですら、汚染からは逃れられない。 「・・・少し間を置きましょう。1時間後にまた来ます。良く考えて下さい」 沈黙を貫く彼に対し、攻め方を変えたのか、女性は席を立った。 もう1人の女性を促し、退室する。 そういえば、「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン」とか名乗っていた。 よりにもよって「運命」とは、バイドは思ったより洒落の利く奴らしい。 彼女達の退室を見計らい、彼はパイロットスーツの袖口、隠れた小さな気密ポケットを開く。 そして、小さなカプセルを取り出した。 バイドに相対する者、その全てに与えられる、軍からの小さな贈り物。 自らに2つの選択肢を突き付けるそれを前に、彼は覚悟を決める。 汚染なぞ御免だ。 例えバイドではなかったとしても、「R」に関する情報漏洩を最低限に抑える事は無駄にはならない。 そして、彼はカプセルを呷った。 * 『久し振り、フェイトちゃん、ティアナ』 「久し振り、なのは。はやても」 「なのはさん、八神部隊長、お久し振りです」 『うん、久し振りやなぁ、2人とも』 本局通路、フェイトとティアナはウィンドウ越しに、なのは、はやての両名と言葉を交わす。 久し振りの会話だが、それを喜ぶ余裕が4人には無い。 友人としての会話もそこそこに切り上げ、4人は情報交換を始めた。 『本局が攻撃を受けたって聞いたけど・・・』 「初めはそうと分からなかったんだけどね。外部装甲に数ヶ所、防御結界ごと撃ち抜かれた跡が発見されたんだ。本局自体は大した被害じゃなかったんだけど・・・」 言葉を詰まらせたフェイトに代わり、はやてが言葉を引き継いだ。 『・・・無限書庫、やね』 「うん・・・」 力無く頷くフェイト。 そこで見た光景は、丸1日経った今でも鮮明に思い起こせる。 無限書庫を含む一帯のエリアは、着弾の被害を最も大きく被った範囲に含まれる。 フェイト達が掛け付けた時、通路には負傷者が山と転がり、壁や床、果ては天井までが赤く染まる中、無数の呻きと悲鳴が木霊していた。 負傷者が語った「人間が宙を舞った」との証言からも、衝撃の大きさが予想できる。 そして無限書庫内は、意識を失った人間達が血を流しつつ力無く宙を漂う地獄と化していた。 衝撃と共に無尽蔵とも思える蔵書が書庫内を高速で飛び回り、凶器と化したそれら数十万、数百万、或いは数千万もの本が司書達の身体を容赦無く襲ったのだ。 全身の複雑骨折で済んだ者はまだ良かった。 中には数十トンもの蔵書の波に呑み込まれ、複数の書籍を赤く染める染みと化した者も少なくない。 それどころか消息不明となった者すら居るのだ。 そんな中で、ユーノとその周辺に居た数名の司書は、幸運な者の部類に入った。 「ユーノ、咄嗟に自分と周りの人達を守る様に結界を張ったんだって。余りにも突然の事で、それが限界だったって・・・それでも衝撃までは防ぎ切れなくて、左脚を・・・」 『そっか・・・』 暗い空気。 しかしそれを打ち破る様に、ティアナが声を発した。 「なのはさん、第97管理外世界の方はどうなったのですか? 確か、艦隊が惑星を包囲しているとか・・・」 その問いに、更なる緊張が場に満ちる。 第97管理外世界に起こった異変については、救助と取調べに忙殺されていたティアナ達の耳にも届いていた。 所属不明の大艦隊。 転送ポートの機能麻痺。 極め付けは、時空間航行から脱しようとしていた管理局艦艇への砲撃である。 信じられない事に、第97管理外世界への実体化寸前に砲撃を受けたというのだ。 つまり不明艦隊は、時空間移動時に起こる何らかの変動を感知している事になる。 何もかもが異常だった。 『それなんだけどね・・・フェイトちゃん、ティアナ、落ち着いて聞いてね』 「何? どうしたの、なのは?」 煮え切らないなのはの言葉。 その様子を怪訝に思ったフェイト・ティアナは、軽く首を傾げた。 そして、なのははそれを伝えた。 『第97管理外世界がね・・・「2つ」見付かったんだ』 沈黙が降りる。 誰も言葉を発しようとはせず、そのまま数秒の時間が流れた。 やがて耐え切れなくなったのか、なのはは言葉を続ける。 『私達の地球も確かにあった。でも、そのすぐ側の次元空間にもうひとつ地球があったの。私達の知ってる地球とは、全く違う地球が』 「・・・分からないよ、なのは。一体どういう事なの?」 なのはは答えない。 代わりに、隣のウィンドウに映るはやてが答えを返した。 『その地球はな、フェイトちゃん。私らのいた21世紀の地球やない。百年以上も未来の地球なんや』 フェイトの中で、何かが噛み合わさる。 不明機体に使用されていた言語。 魔力を用いない時空間航行。 超高度テクノロジー。 『フェイトちゃん?』 「ごめん、なのは、はやて。また後でかけ直す! ティアナ!」 「はい!」 ウィンドウを閉じ、来た道を引き返す。 然程間を置かず、2人は先程退室したばかりの取調室前へと辿り着いた。 ドアが開くと、其処には椅子に座したまま項垂れる男性の姿。 不明機パイロットだ。 フェイトは毅然と歩み寄り、声を発した。 「貴方は・・・地球に於ける軍事組織に属しているのでは?」 沈黙。 フェイトは続ける。 「所属する国家は? どういった過程であの機体に搭乗を? 答えなさい!」 沈黙。 男性は答えない。 「貴方の属する世界は、現在非常に危険な状態にあります。地球は次元世界について何処まで把握しているのですか? 質問に答えて・・・」 言葉が途切れる。 男性は反応しない。 その様子に、フェイトとティアナは不審を抱いた。 咄嗟に、ティアナが男性の肩を掴む。 その身体が、ぐらりと揺れた。 ティアナの手をすり抜け、重心を崩して床へと叩き付けられる。 沈黙は、一瞬。 取調室に、フェイトの声が奔った。 「ティアナ! 医務室!」 「はい!」 「しっかり! 目を開けなさい! しっかりしてっ!」 フェイトの必死の叫びが、取調室に響き渡る。 しかし、それに応えるべき者が声を発する事は無かった。 * 《クロックムッシュⅡよりアイギス》 報告。 調査の結果、不明惑星は21世紀初頭の地球と判明。 バイドは探知できず。 2207時、異層次元航行による所属不明艦の転移を確認。 ニーズヘッグ級及び「R-9A4」6機により迎撃するも、不明艦は異層次元へと逃亡。 「R-9E3」による追跡の結果、異層次元ポイント19667305に高度文明都市を確認。 追加調査の結果、ポイント04137003にて確認された超大型異層次元航行艦艇との関連性が浮上。 バイド係数、検出不能。 指示を待つ。 《アイギスよりクロックムッシュⅡ》 照合終了。 貴艦隊が異層次元ポイント04137003にて確認した大型艦艇について、再度の強行偵察の結果、バイドによる汚染が確認された。 ポイント19667305の都市についても、2166年8月の時点に於いてバイド種子の落着が確認されている。 現在の21世紀地球に対する包囲を解き、速やかにこれらの目標を制圧せよ。 敵攻撃手段の喪失を確認後、本隊の到着を待て。 《クロックムッシュⅡよりアイギス》 任務を確認する。 対象の殲滅をもって任務達成とするのではないのか? 更に此方の偵察では、両目標に対するバイド汚染は確認されなかった。 パイロット達は混乱している。 収集情報の厳密な確認を要求する。 《アイギスよりクロックムッシュⅡ》 ポイント04137003の大型艦艇に停泊する多数の攻撃型艦艇について、363部隊機を撃墜したものと同型である事が確認されている。 363部隊機が交戦していたのはバイドにより汚染された艦艇であり、これを無条件にて援護した不明艦は同じくバイドにより汚染されていると考えられる。 繰り返す。 21世紀地球に対する包囲を解き、速やかにこれらの目標を制圧せよ。 殲滅する必要は無い。 敵攻撃手段の喪失を確認後、本隊の到着を待て。 追加任務。 此方より実験部隊を送る。 機数1、コールサイン「キャプテン」。 機種は新型、「R-9WF SWEET MEMORIES」。 実戦投入し、「R-9E3」によるデータ収集を実行せよ。 《クロックムッシュⅡよりアイギス》 任務了解。 21世紀、地球。 決して地上から観測される事無く、宇宙空間にてその周囲を包囲していた大艦隊は、僅か2時間足らずの間に5隻の巡洋艦を残し、忽然と消え去った。 彼等が向かうは、異層次元ポイント04137003、超大型異層次元航行艦艇。 そしてポイント19667305、高度文明都市。 その船は、次元世界の住人達より、こう呼ばれていた。 時空管理局本局と。 その都市は、管理世界の住人達より、こう呼ばれていた。 ミッドチルダ首都、クラナガンと。 その指令に秘められた謀略に気付く事も無く。 バイドとの戦いを通して育まれた、壮絶なる「狂気」に踊らされるままに、艦隊は管理局を目指す。 地球を、自らの故郷を守る為、ただそれだけの為に。 己が内の「狂気」に気付かぬまま。 人類は破滅への階段を上り始めた。
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登録日:2011/07/03 (日) 21 46 43 更新日:2024/06/13 Thu 19 59 06NEW! 所要時間:約 5 分で読めます ▽タグ一覧 R-TYPE どうあがいてもバイド アイレムエンド シューティング ステージ ネタバレ項目 ハイパードライブ搭載型R-9A ファイナル波動砲 夏の夕暮れ 夢も希望もありゃしない 最終面 未来への復讐の旅 永遠より長い夏 R-TYPE FINAL 最終ステージは、ステージ5.0のボス、ファインモーション戦で 旗を壊さないor一周目 →6.0 →F-A 青い旗を壊す →6.1 →F-B 赤い旗を壊す →6.2 →F-C と、ルートが分岐して進む。なおここから先は ネタバレ注意 ステージF-A バイドとは… バイドとは、______ 人類が生み出した悪夢。_ 覚めることのない悪夢。_ …バイドとは…_____ ―回収されたボイスレコーダーより― 1周目はこのルート固定。 バイド空間でドプたんが浸かっていた培養液のような琥珀色の液体の中に入っていく自機。 背景では男女が夜のプロレスごっこに興じる姿が映る。これは何を意味しているのか…… 中では人間の塩基をもじった名前を持つ雑魚(見た目はちっこいバックベアード)(*1)が襲いかかる。フォースが当たっただけで死ぬくらい弱いが、数が尋常でなく突如現れることもあるため、油断ならない。 ボス:バイド 1のバイドと同じく通常攻撃が一切通用しない。 真ん中に大きい玉を持つ柱のような形で、小型バイドやR-9やPOWアーマー、時間経過で上下から竜巻のようなものものを飛ばしてくる。 フォースシュートすると、そのフォースを離さなくなってしまうので、フォース目掛けて波動砲をぶち当てると爆発。自機は小破し、波動砲ゲージ左のチャージ状態が「 」に変わる。 ボス本体の外装が剥がれてコントロールロッドのないフォースのような姿を現し、今度はフォースを大量に飛ばしてくる。 もちろん破壊できないフォースを避けつつ約1分間チャージし続け、フルチャージした波動砲を撃ち込むと遂にバイドは滅びる。(*2) 限界を超えて放たれたファイナル波動砲の反動で自機もショートしコントロール喪失。そのままどこかへ漂っていくのだった…… ステージF-B 夏の夕暮れ 見覚えのある場所__ 見覚えのある仲間達_ だけど......_____ ..........なぜ?___ 2周目以降選択可能なルート。 ノーマメイヤーを倒し、亜空間を脱出。なぜか自機はバイドシステムα(*3)に変質し、それに気づかぬまま、ステージ1.0に戻ってくる自機。 ステージ1.0冒頭ですれ違ったあの機体である。 そんな自機を迎え撃つのは友軍のはずのR戦闘機。 しかし敵に回すとこうも恐ろしいものなのか、まだフォースシュートとレーザーを使わないだけマシだが、初見では間違いなく矢のように飛んでくる波動砲に撃墜されまくる。特にナノマシン波動砲。だがバリア波動砲、てめーは駄目だ。 かつての仲間たちに躊躇するかもしれないが、その情け容赦ない攻撃に「畜 生! 殺ラ レル 前二 殺ッ テヤ ル!」とバイドプレイを始めること必至。 ついでにメルトクラフトの大群も地味にウザイ。 そして最後に待ち受けるのは…… ボス:R-9A アローヘッド 初代自機の同型機。伝説の始まりを飾った機体が、伝説の終わりを告げるとはなんという皮肉だろうか。 「何ダ 旧式 カヨ 余裕 余裕」と思うかもしれないが、この機体、ありえないほどTEAM R-TYPEに魔改造されている。 耐久力激高(ラスボスだから当然だけど) フルチャージのスタンダード波動砲を連射 開始時点で恐れるべきは波動砲だけなので、フォースをケツにつけて、アローヘッドのケツを追っかけていれば撃墜の心配はない。 しかし謎の爆発と共にフォースを強奪。波動砲ですらフォースでほとんど無効化し、正面だと対空レーザー、少し上下にずらすと反射レーザー、真上真下だと対地レーザーと、本来できないはずのレーザーの切り替え、ついでにフォースシュートまでしてくる。一体どんな改造したんだTE(ry 普段ならフォースでハイハイワロスな豆鉄砲も致命傷なので、これらの切れ目を上手く抜けていかないといけない。 だが、フォースを離すその時が唯一の好機。またこの時は下ががら空きなので、真下から波動砲をぶち当てるといい(ただし、メタリックドーンは真正面にしか波動砲を撃てないので、タイミングはかなりシビア)。特に右側にいる時には誘導式のデビルウェーブ砲がしっかり当たる。 アローヘッドを倒すと、夕暮れに染まる海の上を飛んでいくところでエンドロール。 なお、夕暮れ夕暮れと言ってきたが、時系列的にはステージ1.0と同じ。太陽の位置も変わらない。 つまり真っ昼間なのに、夕暮れのように見えているだけ。 バイドは琥珀色の世界を見るのだろうか。 そしてこのステージをクリアするとみんな大好きバイド系機体の開発が始まる。 夏の夕暮れ_________ やさしく迎えてくれるのは__ 海鳥達だけなのか?_____ ―回収されたボイスレコーダーより― ステージF-C どこまでも 星の海を渡っていこう___ 振り向くことなく、_____ 光を追い越し、時を翔んで、_ いつまでも________ どこまでも________ 3周目以降選択可能。 亜空間をひたすら26世紀目指して飛んでいくステージ。 ただし、イメージファイトの補習ステージ(*4)をイメージしているため、撃墜されたら残機が残っていようが、リトライ数があろうが、ゲームオーバーとなる。 全体的にステージ5.0に似ているが、敵の数が尋常じゃない。 左から右から次々と襲いかかってくるので、初見だと始まった途端にレーザー砲台にやられてゲームオーバー。 たまに広域偵察機やら流体金属とか霧の婦人とかでクリアしてしまうバイドなプレイヤーもいるが、普通間違いなく即あぼーん。 このステージに挑むなら、できれば究極互換機で、自分が考えるベストの組み合わせで行きたい。 せめてLEOとかラグナロック2とかで練習しよう。 バイドの猛攻を退け、26世紀にたどり着いた時点でエンドロールになるため、その後については不明。 ファンの間では 「未来人を滅ぼしに行った=プレイヤーこそがバイド開発のきっかけとなった攻撃的文明」 「攻撃的文明への対抗手段としてバイドの代わりとなる兵器を送った」 「26世紀において再び人類がバイドに手を出すことが無いように監視者を送り込んだ」 などいろいろ妄想されているが、どんな形にせよ待っているのが単純に平和な未来でないことは明らかだろう。 Anyway…Proud of you…… △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] 軍の教科書に「バイド造ったの26世紀の人間」って書いてあるくらいだから、パイロットが憎しみを募らせてF-C殴りこみしたっておかしくないんだよな -- 名無しさん (2013-11-18 04 36 56) ↑もしかすると殴り込んだせいでバイドが生まれたのかも、なんて事もあるんだから救われないよなぁ -- 名無しさん (2013-11-18 06 43 25) Aルートでの人類の純粋な科学力で生まれた波動砲によるトドメや、Bルートのフォースが人間機に戻ったことを考えると、人類はバイドを克服出来たことを暗に示してるのかな。 Aルートのボイスレコーダーも、ラストステージ突入直後かラスボス撃破後に残したかで大分印象変わるし。 -- 名無しさん (2014-01-09 13 30 47) フォース奪われたのってコントロールロッド打ち込まれたからだったような -- 名無しさん (2014-01-09 13 42 06) F-Aに相応しい言葉「バイドを以ってバイドを制し、人類の叡智の力を以ってバイドを討て」 -- 名無しさん (2014-03-04 11 12 50) 26世紀ならまだバイドが進化していないから持ってきた究極互換機で過去の時代に送られる前に叩き潰す気かもしれない。 -- 名無しさん (2014-04-29 11 24 13) レオ2の最終波動砲で旗消し飛ばしたらルートはどうなるんだろ? -- 名無しさん (2014-05-28 18 52 47) 26世紀に飛んだR戦闘機が付けていたフォースがバイドの大元だったりして・・・。 -- 名無しさん (2014-06-21 23 55 55) やっぱ色んな考察が出来るな。これでSTG最後と言わずにグランゼーラで続きを作って欲しいなぁ。 -- 名無しさん (2014-07-13 18 22 24) F-Cはイメージファイト面だから本当に26世紀に飛んだんじゃなくて何かのシミュレーションじゃないだろうか バイドのルーツを探るためとか26世紀(仮)の軍隊を倒せる=最強の戦闘機(R-101)の完成とか -- 名無しさん (2015-06-28 05 37 18) 26世紀に作られたバイドが22世紀に現れせいでタイムパラドックスが起きて、25世紀末には倒すべき敵文明も守るべき地球も消えていた可能性 -- 名無しさん (2015-08-04 15 31 15) 22世紀の時点でバイドの根絶が出来ていたと考えると、バイドのいない幸せな26世紀を見に行く事が目的で、でもそこに地球は存在しなかった。みたいな絶望エンドなんじゃないだろーかと妄想している。 -- 名無しさん (2015-08-18 08 23 30) F-Cが究極互換機前提の難易度だと考えると、未来への使者かバイド発生前に破壊をもくろんでるかのどちらかじゃね -- 名無しさん (2015-09-27 00 51 43) 26世紀の人間がカーテンコールのデータを紐解いてバイドを開発したとかだと、再び幕が上がるってことで名前にふさわしい機体になるなーとか妄想してみたり -- 名無しさん (2016-10-13 05 08 05) aルートのその後ってわかっていないんだっけ。あの液体?はなんかバイドがふくまれていそうだから無事だとしてもパイロットはあかんとおもうけど。ショートする前に冷凍睡眠に入っていたとしても無事ではすまないのかな -- 名無しさん (2016-10-26 19 19 15) ところでAルートのラスボスが26世紀の人が作ったバイドで今までのバイドの親ってことでいいのかな -- 名無しさん (2016-11-23 13 59 50) F-Aで最後の波動砲外しちゃった場合はどうなるん?やられるのを待つだけ? -- 名無しさん (2016-12-06 15 24 52) ギガ波動砲7ループと同じ攻撃判定が出てるからそもそも外れない -- 名無しさん (2016-12-06 16 52 53) 要するに、バイドに当たらなくても、当たった判定になるってこと?余波とかで -- 名無しさん (2016-12-06 19 26 23) どの位置にいても当たる位判定がでかい -- 名無しさん (2016-12-06 19 31 27) f-aルートのボスが出している奴フォースに見えるんだけどマジ? -- 名無しさん (2017-01-03 21 40 30) フォースなのは間違いないだろう 何故かはわからない -- 名無しさん (2017-01-03 21 58 34) フォースが裏切るf-a、フォースが(人類の)味方をするf-b、そんな対比になってるんじゃないかなと考察。f-c?何のことですかね(すっとぼけ) -- 名無しさん (2017-01-03 22 46 42) 今までフォースシュートが決め手だったのでそのお返しをバイドがした(結果純粋なR戦闘機の兵装である波動砲で引導を渡される)のがF-A、フォースはバイドではなく人間の味方だというF-B、フォース・バイド・R戦闘機の関係に決着をつけに行ったF-C こうだと思う -- 名無しさん (2017-01-03 22 58 30) フォースもバイド -- 名無しさん (2017-01-04 05 27 21) 機体そのものを届けたってのも考えられるのか -- 名無しさん (2017-09-12 21 32 47) ノーメマイヤーとノーマメイヤー、どっちが正しいんだろうか…いろんなサイト見ても表記がバラバラで少し困りました。個人的にはノーメマイヤーだと思っているのですが -- 名無しさん (2019-04-04 13 50 31) 2リメイクステージでもしF-C選ばれたら26世紀に到達した後の事少しでも良いから知りたいなぁ -- 名無しさん (2019-06-10 05 40 31) 「Tのバイド」「ラスボスはUを除き」TとかUって何? -- 名無しさん (2020-06-11 21 46 42) 元々移植記事だから環境依存記号が文字化けしてる。だから直しといた -- 名無しさん (2020-06-11 23 17 23) 初代ウルトラマンとF-Aのモチーフは同じで、無敵の守護者たる者が敗れ、純粋なる人類の力がそれに打ち勝つことで、人類の独り立ち=幼年期の終わりを意味してるんだと思う -- 名無しさん (2021-01-30 10 39 02) 2 7.0のせいで、F-Aボスの正体がそもそもフォース(スタンダードH型)が先祖返りして成長した姿だった説出てきたなぁ -- 名無しさん (2021-05-17 14 23 25) バイドって種を相手の陣地にばらまけばそのまま相手を食いつくしてくれるお手軽兵器なんだよね。汚染地域丸ごと吹っ飛ばせば終わりだし。だもんでまた人類が手を出す可能性は多分にあるのでそれを防ぐ人を送り込むのがCルートだったんじゃないかと思う。物の継承:R-99 技術の継承:R-100 人の継承:R-101 という塩梅で。 -- 名無しさん (2021-07-26 22 31 07) F-Bは初見でフォース獲られた瞬間は感情グチャグチャになったな。それまで人類として戦ってきたのにr戦闘機に攻撃されまくるわ、よりによってアローヘッドにフォース獲られて絶望はもとより、バイド殲滅という目的も人類としてのプライドもずっとともに戦った相棒も失った孤独感で号泣しながらプレイしてたわ -- 名無しさん (2024-06-13 19 59 06) 名前 コメント
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『フェイト・T・ハラオウン執務官以下7名、小型次元航行艦にて人工天体内部より帰還』 その報告を受けた瞬間、リンディの脳裏へと浮かんだのは安堵だった。 本局を含め、次元世界の全てが隔離空間内部へと取り込まれ、全世界を巻き込んでの艦隊戦が勃発してから、既に2時間。 魔導砲と波動砲、そして陽電子砲の光が乱れ飛び、次元震と核爆発が乱発生する、混沌と狂騒の戦場。 その最中にあって、本局はまるで取り残されたかの様に、無傷のまま人工天体の程近くに浮かんでいた。 何も、理由なく戦火を避けられた訳ではない。 単に本局と各世界艦隊との間に、汚染艦隊が群れを成しているだけの事だ。 巨大な壁となった艦艇群は、背後の本局艦艇へは見向きもせず、只管に不明艦隊へと攻撃を仕掛けていた。 汚染艦隊の攻撃対象となっている不明艦隊こそが、国連宇宙軍・第17異層次元航行艦隊であるとの事実が捕虜の証言から判明したが、しかし彼等が繰り広げる戦闘は管理局の想像を絶する熾烈なものだ。 撃ち掛けられる核弾頭を各種光学・熱化学・実弾兵器で迎撃し、反撃として更に大量の核弾頭と、艦首陽電子砲を中心とする戦略兵器を汚染艦隊へと撃ち込む。 どうやら地球軍の主力艦艇は性能面で汚染艦艇のそれを大きく上回っているらしく、敵の陽電子砲最大射程の更に倍近い距離から攻撃を実行しているのだ。 そして戦域へと展開した数百機のR戦闘機が攻撃に加わり、地球軍艦隊周辺域での戦況は、宛ら殲滅戦の様相を呈している。 一方的な攻撃に、為す術なく撃破されてゆく汚染艦隊。 更に、形勢を立て直した管理局艦隊の突撃による無謀とも思える近距離からのアルカンシェル一斉砲撃により、地球軍による攻撃とも併せ既に400隻以上の汚染艦艇が撃破されている。 其処に各世界の戦力による、魔法・質量兵器を問わない大規模な攻撃も加わり、隔離空間内部は汚染艦艇が爆散する際に放つ強烈な発光によって埋め尽くされていた。 しかし、それだけの猛攻が汚染艦隊を襲っているにも拘らず、戦況は悪化の一途を辿っている。 理由は単純、敵の数が多過ぎた。 たとえ100隻の汚染艦艇を撃破したとしてもその都度、見計らったかの様に撃破した艦艇数の3倍近い汚染艦艇が、何処からともなく戦域へと転送されるのだ。 地球軍の出現後は彼等にのみ向けられていた攻撃の矛先も、汚染艦艇の数が爆発的増加を果たすにつれ再び、管理局艦隊を含めた各世界の戦力へと向けられ始めた。 第97管理外世界に関しては、地球軍が鉄壁と云っても過言ではない防衛網を構築してはいる。 それでも1つの惑星全域を僅か40隻の艦艇と数百機の戦闘機だけで防衛し続けるのは、彼らならば不可能ではないにせよ、決して長続きはしないだろう。 他の世界に関しては更に酷い状況で、圧倒的な性能差と物量差に押し潰され、無数の核弾頭により惑星全土を焦土と化された世界もあれば、何とか迎撃に成功してはいるものの数発の防衛網通過を許し、首都を文字通りの灰燼と化された世界もある。 中には陽電子砲と次元跳躍砲撃での一斉攻撃により、地形の大部分を、それを構成する大陸ごと消し去られた世界すら存在する有様だ。 現在までの2時間余りの戦闘で、既に14の世界の壊滅が確認されていた。 だが逆に、惑星を攻撃した汚染艦隊が現地勢力により激しい反撃を受け、壊滅に追い込まれる事例も少なからず観測されている。 艦隊と惑星地表面の双方から間断なく掃射される弾幕により殲滅される機動兵器、地表より放たれた極大規模魔導砲撃に呑み込まれて蒸発する艦艇、現地艦隊より放たれた核弾頭により消滅する汚染艦隊。 形は違えども、汚染艦隊に対して実行される猛攻に次ぐ猛攻により、観測済み世界の7割以上は未だ健常を保っていた。 ミッドチルダも例外ではなく、未だ修復作業中の1基を除き、完全ではないが応急的に修復された2基のアインへリアルが放つ猛烈な砲撃により、既に接近しつつあった7隻のゆりかごを撃破している。 「AC-51Η」の更なる発展型、拠点用大型魔力増幅機構「AC-88Κ」による砲戦能力の強化は、それまでの常識を覆す超長距離砲撃戦の展開を可能としていた。 空間歪曲等の特殊反応誘発機構を有さないが故に、純粋破壊力と射程を極限まで強化された魔導砲撃は、あらゆる装甲を撃ち抜き融解させ、内部機構を破壊するに留まらず全てを貫通し、射線上の全てを薙ぎ払う。 その配置ゆえ、クラナガンを中心とするミッドチルダの一部地域のみを防衛するに留まるアインへリアル。 しかし隔離空間内部に於いては各惑星の公転が停止している上、汚染艦隊は常に人工天体を中心として拡散する波の様に出現しては侵攻を開始している。 ミッドチルダがクラナガンを人工天体へと曝すかの様な角度を保っている現状は、当然ながらリスクも大きいが、アインへリアルの能力が最大限に活かせる状況だった。 現在までに判明した、汚染艦隊が有するあらゆる長距離戦用兵装の最大射程を僅かに上回る距離から、一方的な砲撃を加える事に成功している。 更に時間が経過すれば、修復の完了した3基目が砲撃に加わるだろう。 戦況は芳しくないものの、敗北が決した訳ではない。 そんな中で本局は状況の把握に追われ、下部構成員から上層部に至るまで、組織全体が混乱の極みにあった。 最前線で交戦中の艦隊戦力、若しくは各世界での対応に当たっているであろう部隊は独自の判断で行動せざるを得ないが、本局や支局の様に単体の施設内で組織としてのあり方を求められる状況に於いては、混乱を収束する手立ても時間も存在しない。 情報を収集しつつ状況の把握に努めるのは当然だが、その内容を精査し判断を下す段階となると、途端に情報の流れが鈍るのだ。 何せ本局の位置は、余りに人工天体に近過ぎた。 直衛のXV級が40隻、更に第2・第4支局艦艇が周囲に展開してはいるものの、下手に動けば汚染艦隊からの熾烈な攻撃に曝される事は解り切っている為、動くに動けない。 それだけでなく、通常の次元世界・宇宙空間では有り得ない程に各世界が密集したこの状況下では、管理局としては迂闊な動きを見せる事は出来なかった。 全ての世界がバイドによる攻撃を受けているこの状況に於いても、現体制の転覆を狙う世界は確かに存在するのだ。 次元航行部隊の戦力が分散している現状ならば、本局を落とす事も、危険ではあるが決して不可能ではない。 現にその意図を窺わせる動きが、既に10以上の世界に於いて観測されている。 なけなしの本局防衛戦力を下手に動かして、結果として飽和攻撃を受けては堪らない。 様々な意図が交錯し生まれた未曾有の混乱。 其処に呑み込まれたリンディはレティと共に、要請と指示との間で焦燥に駆られつつ業務を行っていた。 そんな中での、フェイトの帰還報告。 転送事故により人工天体内部へと送られた彼女は、数少ない隊員と共に生存者を求めて内部を捜索し、更に1機のR戦闘機と、バイドにより汚染されたと思しき別のR戦闘機を撃墜。 隊員が発見した小型次元航行艦により人工天体を脱出、最寄りの管理局艦艇である本局へ向けて進路を取ったのだという。 どうやら転送先は天体表層部にごく近い位置だったらしく、然程に時間を労せず離脱に成功したらしい。 そして約15分前、1隻の次元航行艦が本局ドックへと入港した。 リンディとしてはすぐにでも義娘の無事を確認したかったのだが、目まぐるしく変化し続ける状況に追われ、通信すらも儘ならず今の今まで業務に没頭していたのだ。 だが、つい先程、フェイトの方から連絡があった。 喜び勇んでウィンドウを開いたものの、伝えられた言葉は簡潔なもの。 『すぐに研究区画まで来て欲しい』 その内容に疑問を抱きながらも、同時に表示されたラボ主任の名に、リンディの身体に緊張が走る。 表示された人物の名は、ジェイル・スカリエッティ。 どんな目的があるのか、フェイトは帰還と同時に彼のラボへと直行したらしい。 戸惑いつつも、レティによって研究区へと追い立てられ、今は本局内部を走るリニアレールから降り立ったところだった。 センサーによる人物特定を受け、許可が無ければかなり上位の士官であっても立ち入りの叶わぬ研究区、その入口に展開された障壁が解除されるのを待つ。 数秒後、淡い光を放つ壁が消失すると同時、彼女のリンカーコアに掛かっていた重圧が嘘の様に掻き消えた。 同時に彼女は、区画内の全域に対しサーチを開始する。 これは最早、彼女にとって次元犯罪者と相対する際の癖の様なもので、僅かな異変までも察する為の慣例だった。 彼女の意識に飛び込む、複数のリンカーコアが放つ魔力の波動。 流石にリンカーコアを有し、更に研究区を頻繁に訪れる様な知人ともなると数が多くはない為、既知の波動は義娘であるフェイトのそれと、過去に2度ほど間近にした事のあるスカリエッティのもの位だ。 その周囲に存在する複数の波動は、リンカーコアを有する研究員とスカリエッティの監視任務に就いている武装局員のものだろう。 そして、それらに囲まれる様にして存在する、1つの波動。 リンディにとっては、決して忘れ得ぬそれ。 「・・・え?」 その瞬間、リンディの意識は全くの無防備となった。 業務に関する思考から現状に対するそれに至るまで、全てが脳裏より消え失せる。 其処に時空管理局本局所属・総務統括官の姿は既に無く、1人の女性としてのリンディ・ハラオウンだけが存在していた。 手にしていた数枚のハードコピー、機密の問題から電子化できなかったそれらが、リンディのしなやかな指の合間を擦り抜け、人工重力に引かれて落下を開始する。 それらを纏めていたバインダーが自身の役目を放棄し、耳障りな音を立てて床面へと跳ね返った。 しかし彼女はそのいずれにも反応を示さず、何かに急かされる様にして駆け出す。 スカリエッティのラボまで、あと400m。 久方ぶりの激しい運動、そして決して機能的とは言い難いヒールでの疾走に幾度となく体勢を崩し掛け、だが彼女はそれらの事象に一切の関心を払う事なく駆け続ける。 息が上がり、決して体温の上昇によるだけではない汗を噴き、形容し難い感情に翻弄されながらも、リンディは決して足を止めない。 そして、荒い息を吐き出すその口から、微かで弱々しい、普段の彼女からは想像もできない声が零れる。 「嘘・・・」 ラボまで、あと200m。 筋肉疲労により脚を縺れさせ、リンディは固く冷たい床面へと倒れ込んだ。 咄嗟に腕で庇ったものの、衝撃と共に口の中へと鉄の味が拡がる。 膝頭には疼く様な痛みが生まれ、叩き付けられた身体には軋みが奔った。 それでも彼女はすぐさま身を起こし、再度ラボへと向かって駆け出す。 「嘘・・・嘘よ・・・!」 あと50m。 彼女の理性が、リンカーコアが、悲鳴にも似た音を上げる。 23年前、闇の書によって暴走したエスティアと共に、空間歪曲の果てへと消えた筈の良人。 遺体すら戻らず、息子を抱き締めながら絶望と共に泣き崩れた、あの悲しい記憶。 永遠に失われた筈の、会う事など二度と叶わなかった筈の、愛しい人の魔力。 それが、その懐かしい魔力の源が、彼のリンカーコアが放つ優しい波動が、すぐ其処にある。 もう抑えられない。 抑えようとも思わない。 「クライド・・・!」 震える声、零れ出る名。 漸く辿り着いたラボのドアは彼女の目に、胸の内に宿った微かな希望を撥ね退ける、絶壁の様にも映った。 僅かに残った冷静な自我は、ドアに反射する冷たい光と同調するかの様に、冷酷な認識を囁き続けている。 それは致命的な毒の様に、彼女の心を徐々に侵食していた。 希望なぞ持って何になる。 本当に彼が生きているとでも思っているのか。 たとえこの奥に居る人物が本当に彼だとして、あのパイロットの言葉通りならば非人道的な処置を受けている筈だ。 諦めろ、望みを捨てろ。 希望が大きければ大きい程、それが裏切られた際の絶望も深く、大きくなるのだ。 今までに何度、それを実感したのだ。 死んだ筈の彼と再開し、目が覚めてそれが夢だったと気付いた時の絶望。 全てが冷えゆき、惨めさだけが全てを支配する、あの瞬間。 そんな事を繰り返す内、遂にはその夢の中でさえ喜びは欠片も浮かばず、絡み付く悲しみと諦めだけが浮かぶ様になった。 このドアの奥にも、きっとそんな現実が待ち受けているに違いないのだ。 そんな思考が脳裏を埋め尽くしてゆくにつれ、胸中の高まりもまた徐々に醒めてゆく。 クライドの生存が信じられない訳ではない。 信じてそれが叶わなかった時に、嗚呼またか、と絶望する事が怖いのだ。 だからこそリンディは、無意識の内に希望的観測を消し去り、総務統括官としての自身を取り戻す。 あれ程に荒れ狂っていた感情の波は既に、嘘の様に静まり返っていた。 人物特定が終了し、最後の確認としてスキャナーへと手を翳す。 些か旧式な方法だが、確実な確認方法だ。 金属製のドアが、エアの音と共に横へとスライドする。 まず目に入ったのは、治療と検査を受ける複数名の武装隊員達だった。 バイド係数を計測する機器の中央に立つ者も居れば、傷を癒す為に医療魔法を受ける者も居る。 中には、両脚の膝下より先が切断されている隊員の姿もあった。 其処で漸く、リンディは嗅覚を刺激する血の臭い、そして彼等がフェイトと共に帰還した攻撃隊の生存者であると気付く。 どうやら医療区へと赴く暇も無く、この研究区へと直行してきたらしい。 その行動に疑問を覚えつつもリンディは歩を進め、その人物に気付いた。 ディエチ。 JS事件にて拘束、更生プログラム中に戦力として動員された、戦闘機人の1人。 壁際に座り込んだ彼女は、両腕へと抱え込んだ膝に顔を埋めたまま微動だにしない。 周囲の全てを拒絶するその姿は、まるで悲しみに沈む幼子の様だ。 傍らに転がる彼女の固有武装が、持ち主の心情を無視するかの様に冷たい光を放っている。 少し離れた場所では1人の男性局員、確か旧六課のヘリパイロットを務めていたその人物が、言葉を発する事なく壁へと背を預けていた。 既に検査を終えたのか、治療を受ける攻撃隊員を見つめるその目は、此処ではない何処か、或いは何者かを見据えている。 その瞳、酷く濁った殺意が渦巻いているかの様な錯覚すら覚える双眸に耐え切れず、リンディは彼から視線を逸らした。 そしてその瞳が、見慣れた姿を捉える。 「ッ!」 簡易ベッドに横たわる、薄手のバリアジャケットを纏った女性。 逸らした視線の先に、彼女は居た。 「・・・フェイト」 「・・・義母さん」 フェイトだ。 彼女は仰向けに寝かされ、医療魔法による治癒を受けている。 どうやら余程に激しい戦闘だったらしく、高度な医療魔法が継続発動しているにも拘らず、癒え切らない傷が全身へと刻まれていた。 更に、かなりの出血があったのだろう。 輸血を受けるその顔色は、まるで死人のそれだ。 思わず息を呑んだリンディは、すぐに義娘へと駆け寄ろうとする。 だがその行為は、他ならぬフェイトが翳した掌によって押し留められた。 「待って」 思わず足を止めるリンディ。 義娘の行動に戸惑いながらも、何か重要な件についての話があるのだと察する。 程なくしてフェイトは、静かに語り始めた。 「クラナガンに出現した、あの機体・・・撃墜したよ」 「・・・そう」 「多分、あれから強化されたんだと思う。天候操作魔法に、召喚魔法まで使用してた・・・私達の知る同種魔法の、どれよりも強力な・・・!」 突然、激しく咳き込み始めるフェイト。 口元に手をやり、横たえた身体を痙攣するかの様に折り曲げながら咳を吐き続ける。 余りにも唐突な事に、リンディは反射的に手を伸ばすと、彼女の背を撫ぜ始めていた。 十数回ほど身体が跳ね、ようやく落ち着きを取り戻すフェイト。 彼女は優しく背を撫ぜ続けるリンディの手に自身のそれを重ねると、荒い息を吐きながらも安心させるかの様に笑みを浮かべ、赤く充血した目を義母へと向けた。 「ごめん・・・もう、大丈夫・・・」 「何が大丈夫なものですか。良いから、もう休みなさい。本当に・・・本当に、良く帰ってきて・・・」 「義母さん」 幼子をあやす様にして、フェイトを寝かし付けようとするリンディ。 しかしフェイトは再度リンディの行動を遮ると、荒い息もそのままにラボの奥を指差し、言った。 「会ってあげて、義母さん」 「何を・・・」 「23年振りでしょ? お願い、あの人に・・・会って、あげて」 そう言い終えると、フェイトはゆっくりと瞼を下ろす。 後には穏やかな寝息だけが残り、リンディは軽く安堵の息を吐くと義娘の頭を優しく撫ぜた。 しかし数度目に手を這わせた時、彼女は自身の指に絡み付く物がある事に気付く。 リンディは何気なくそちらに視線をやり、視界へと映り込んだ物に絶句した。 「ッ・・・!?」 金色の光を放つ、幾本ものきめ細かい金色の線。 蜘蛛の糸の様に指へと絡み付くそれは、明らかに異様な本数の毛髪だった。 信じられない思いで簡易ベッド上のフェイトを見やるが、彼女は穏やかな寝息を立てるばかり。 堪らず呼び掛けようとするが、その肩を掴む者があった。 反射的に振り返れば、其処には既知の人物の姿。 「マリー・・・」 「お久し振りです、艦長」 マリエル・アテンザ。 彼女はリンディを促し、ラボの奥へと誘う。 戸惑いながら幾度かフェイトへと視線を投げ掛けるも、結局はその傍を離れマリエルの後に続く。 そうして最初のドアを潜ったところで、マリエルは唐突に言い放った。 「重度の放射能汚染です。彼等、全員が被曝しています」 リンディの足が止まる。 次いで、マリエルの足も止まった。 返す言葉は無い。 ある筈もなかった。 更に、マリエルの言葉が続く。 「脱毛の症状は化学物質による汚染が原因であり、放射能ではありません。しかし、このままでは被曝により、遠からず全員が死亡します」 マリエルが振り返り、正面からリンディの姿を捉えた。 自分は今、どんな顔をしているのだろう。 そんな事を考えるリンディの思考は既に、齎された現実を受け止める事だけで精一杯だった。 被曝? 化学物質による汚染? では、何だ。 フェイトは、攻撃隊は、帰ってきただけだと云うのか。 自分達にできる事は、ただ座して彼等の生命が死神の鎌によって刈り取られる、その瞬間を待つ事しかできないと云うのか? 「その事も含めて、スカリエッティから話があるそうです。彼は第4隔離室に居ます」 リンディが我に返った時、マリエルの姿は既に無く。 人気の無い通路に唯1人、リンディは自身の影を見下ろしていた。 暫し呆然と佇み、ゆるゆると視線を上げれば、長く冷たい通路だけが視界へと映り込む。 「隔離・・・」 力ない呟き。 昂りも、ただ一欠片の希望すら無く。 リンディは、闇の様な深い諦観と共に、第4隔離研究室のドアの前へと立っていた。 数瞬ほど躊躇い、しかし遂にセンサーへと触れる。 ドアが、開いた。 「・・・スタビライザー破壊、対象に影響はありません」 「グレード8を20μ投与。第5スタビライザーの物理的破壊に取り掛かる」 「補助回路に異常電圧・・・電圧低下。自壊シークエンス、阻止しました」 「第5スタビライザー破壊。次の・・・」 部屋の中央、幾重にも展開された環状魔法陣。 それらの中央に存在するものを雁字搦めにするかの様に、無数の結界魔法・魔力障壁が常時発動している。 直径2m程の光の柱となった結界群は、物理的脅威と云うよりは情報面での脅威を警戒してのものらしい。 「全思考抑制機構、無力化を確認。脅威レベル2に低下」 「宜しい、結界を解除してくれ・・・ああ、ハラオウン統括官。少しお待ちを」 すると、何らかの術式が終了したらしく、結界の一部が解除される。 同時に指示を出し終えた1人の男性が、振り返る事もなくこちらへと呼び掛けてきた。 聞き覚えのある、しかし決して親しみなど抱き様も無い声。 ジェイル・スカリエッティ。 「・・・時間がありません。用件を聞きましょう」 「おやおや。久方振りの夫婦再会だというのに、奥方は中々に冷たいね。義娘が自分の命と引き換えにしてまで、地球軍から最愛の良人を取り戻してきてくれたというのに」 用件を問い質すも、嘲る様な物言いであしらわれてしまう。 しかしリンディにとっては、それ以上に言葉の内要こそが重要だった。 信じられないとばかりに、言葉が零れる。 「まさか・・・本当に・・・?」 その言葉に、おや、とばかりに首をかしげてみせるスカリエッティ。 彼は数秒ほどリンディを見つめると、確認する様に声を発した。 「執務官から聞いていなかったのかな、統括官? クライド・ハラオウン提督はこの結界の中に居るよ。ほら・・・」 続けて放たれた、近くに寄ると良い、との言葉に恐る恐る1歩を踏み出すリンディ。 光の柱へと近付くにつれ、それを構成する結界群が数を減らしゆく。 徐々に拡がる結界の隙間、其処から覗く空間には何も存在しない。 彼は座らされているのか、それとも横たえられているのか。 「制御パルス、完全消失を確認、全結界を解除」 そして研究員の声と同時、残る全ての結界が同時に消失した。 光の柱が掻き消え、残るはその中央へと据えられた人物の姿のみ。 その、筈だった。 「え・・・?」 呆けた声。 リンディは、それが自分の声であると気付くまで、数秒ほど掛かった。 そもそも何故そんな声が零れたのか、それすらも認識できなかったのだ。 正確には、そんな事を意識している暇が無かったとも云える。 「クラ・・・イド・・・?」 確かに感じられる、最愛の人の魔力。 しかしその発生源たる目前に、彼の姿は無かった。 其処にあるのは唯1つ、人の姿とは似ても似付かぬ、歪な鉄塊。 灰色の塗装を施された、50cm程の円筒形のポッド。 強引に取り外されたのか、上部と側面には無数の傷が刻まれ、破壊された固定用機構が付随している。 ポッド下部には無数の電子機器を内蔵しているらしき台座があり、見るからに強固な保護チューブに覆われたケーブルが2本、ポッドへと接続されていた。 灰色の塗装の表面に窪む様にして刻まれた、細かな文字の羅列。 『LINKER CORE UNIT - ORIGINAL Ver.5.8 Upgraded』 そして、その更に下。 更に小さく、特に重要でもないと云わんばかりに、付け足されたかの様な表記。 『The person who became the base of the system - Clyde Harlaown』 目前の光景の意味を理解すると同時、リンディはその場に崩れ落ちた。 力なく床面へと座り込んだまま、呆然と金属製のポッドを見つめる。 何ひとつ声を発する事もなく、全ての感情が抜け落ちた様に。 予感はあった。 たとえクライドが戻ってくる事があったとしても、それは最早、自身の知る彼ではないだろうという、漠然としながらも確信にも似た予感。 捕虜の証言からしても、R戦闘機開発陣の非人道性は明らかだった。 地球軍によって確保され、恐らくは魔法技術体系を応用するR戦闘機の開発に利用されたクライドが無事である可能性は、限りなく低い。 彼が此処に居るのだと聞かされた時も、思考の何処かではこんな結末を予想していた。 結局、初めから自分は、希望など信じてはいなかったのだ。 なのに。 なのに、この湧き起こるものは何なのだろう。 胸の最も深い場所から込み上げる、痛みとも苦しみともつかぬ、異様な感覚。 否、若しくは感覚ですらないのかもしれない。 実態があるか否かも定かでないそれに押される様にして、瞼の奥より熱いものが溢れ出す。 喉の奥より込み上げてきたものは嗚咽となって吐き出され、咽る様なか細い啜り泣きとなって隔離室に響いた。 切り捨てたつもりでも確かに意識の片隅へと息衝いていた微かな希望は、計り知れない絶望となってリンディの心を切り刻み、蹂躙する。 周囲の研究員達も、何ひとつ言葉を発しない。 だが、その陰鬱なる沈黙を、楽しげな声が切り裂いた。 「理解できないね。何故、泣く事があるんだい? ハラオウン統括官」 スカリエッティの言葉が、無慈悲にもリンディへと突き刺さる。 だが彼女は、それを気に留める事もなかった。 スカリエッティという人物が情緒という概念を理解しているとは到底思えなかったという事もあるが、何より目前の残酷な現実を受け入れる事に精一杯で、これ以上の事象を受け入れる余裕など無かったのだ。 彼女は崩れ落ちた体勢のまま、微動だにしない。 しかし、続けて放たれた言葉は、崩壊しゆく彼女の心を瞬時に目覚めさせるものだった。 「彼は無事じゃないか。回帰措置に関しても何1つ問題は無い。何を悲しんでいる?」 その瞬間、リンディの意識が忽ちの内に覚醒する。 しかし同時に、周囲の空間が凍ったかの様な寒気を感じた。 口元を覆っていた手も、頬を伝う涙もそのままに、限界まで見開かれた目をスカリエッティへと向ける。 今、何と言った? この男は、何と言ったのだ。 「回帰措置」だと? それは真実なのか。 彼を、こんな姿になった彼を。 地球軍によって人としての肉体を、尊厳すら奪われた彼を。 戻せるというのか。 彼を、クライドを。 もう一度、人としてあるべき姿に戻せるとでも言うのか? 「どう、いう・・・」 「どうも何も、そのままの意味だがね。現在の彼はほぼ脳髄のみだが、保存環境は最高としか云い様がない。思考抑制の為のインプラントこそ施されてはいるが、それも本質的な人格への影響及び肉体的な負荷は皆無と云って良い。 インプラント類の機能は既に破壊したから、活性状態に移行すれば彼の人格が復活する筈だ」 流れる様に言葉を連ねるスカリエッティ。 リンディはただ呆然と、興奮の念すら滲んだ声を発し続ける彼を見つめ続ける。 しかし言葉の意味を理解するにつれ、彼女の内に形容し難い熱が生まれ始めた。 内に燻る炎をそのままに、リンディは言葉としてそれを目前の狂人へとぶつける。 「彼は・・・彼は、人としての自我を保っていると?」 「自我どころか記憶に至るまで、確実に残っているよ。恐らくは、深層意識の消滅によるリンカーコアへの影響を恐れたんだろう。魔法に対する知識の蓄積が無かった事が、却って彼という意識の保持に繋がったという事かな」 「身体は、どうするのです」 「それこそ君達次第だ。幸いにも管理局と私自身には、戦闘機人の開発を通して得た知識と技術がある。後は・・・プレシア・テスタロッサ女史の研究成果かな。それだけのデータがあるんだ。 設備さえあれば、中身の無い器など幾らでも製造できる」 其処まで言い終えるとスカリエッティは、何かに気付いたかの様に空間ウィンドウを呼び出すと、幾つかのデータを中空へと表示した。 原子構造などを始めとする、非常に高度な情報の集合体。 それが、捕虜となったパイロット達が所持していた自殺用の、そしてR戦闘機の残骸より採取されたナノマシン、其々の解析結果であるという事はすぐに解った。 理解できないのは、その下に表示された別のナノマシン構造情報だ。 「臨床試験・未実施」と併せて表示されたそれは、何らかの医療用ナノマシンらしい。 リンディの内に沸いた疑問に答えるかの様に、スカリエッティは言葉を紡ぐ。 「地球軍に於いて実用化されているナノマシン関連技術は、破壊にせよ修復にせよ、いずれの用途に於いても私達の知るそれを大きく凌駕した性能を有している。 兵器群の自己修復機能、人体の破壊・修復、限定域に於ける破壊工作、大規模構造体の自動構築、生態系の操作・・・ありとあらゆる局面に於いて、彼等はナノマシン技術を用いているらしい。 医療に於いても同様だ」 ウィンドウ上に指を走らせるスカリエッティ。 表示された映像は、ラボの簡易ベッドに横たわるフェイトを始めとする、帰還した攻撃隊各員の姿だった。 彼等の置かれた状況を思い起こし、再び沈痛な思いに囚われるリンディ。 だが、またもスカリエッティは、彼女の絶望を嘲る様に言葉を吐いた。 「違法実験である事は重々承知しているが、何分、時間が無かったものでね。御息女を含め、攻撃隊各員には臨床試験の検体となって戴いた。なに、危険は無いに等しい。 パイロット達が所持していたナノマシンは、元々が医療用である事が判明したのでね。汎用性が非常に高いので、放射能除染と損傷部修復のデータを組み込んで作り変えただけだ。 リンカーコアへの影響こそ未知数だが、18時間後には身体的な異常は全て除去・修復される筈だよ」 一息に言い終えると、彼はコンソール上に置かれたカップへと手を伸ばし、中身を啜る。 コーヒーだろうか、既に湯気も立ってはいないそれを一口、続けて顔を顰めながら一気に飲み干した。 余程に不味かったのか、些か乱暴に口元を拭うと空のカップを助手であるウーノへと手渡し、君が淹れてくれ、と告げる。 その様子を呆然と見つめながら、リンディは漸く彼の言わんとするところを理解した。 クライドが戻ってくる。 フェイト達も助かる。 未だ危機的状況にあるとはいえ、家族が戻ってくる。 失った筈の、これから失う筈だったものが、全て戻ってくる。 戻ってくるのだ。 「あ・・・」 だから、その言葉が発せられようとしたのは、決して無意識によるものではなかった。 管理局の上層部に属する人物が、司法取引に応じたとはいえ未だ危険視される人物に対して放つものでは決してない、敵意や警戒からは程遠い言葉。 しかし今にもリンディの口から放たれんとしたそれは、他ならぬスカリエッティが取った仕草によって押し止められる。 彼が自身の唇の前に翳した、1本の指によって。 「それは言わない方が良い、ハラオウン統括官。私が欲しいのはそんなものではなく、実験の正当性を保証する言葉だ」 そう言うと、ウーノが淹れてきたコーヒーを一口飲み、満足げな表情を浮かべるスカリエッティ。 彼が欲しているのは、煩わしい倫理観に囚われる事なく研究可能な環境であり、その提供を正式に認可する言葉、管理局員としての信念を捻じ曲げる事を良しとする言葉だ。 通常であれば、頷く事などある筈もない要請。 しかし、今は違う。 リンディの個人的な願いだけでなく、管理局としてもクライドの復帰は大きな魅力である筈だ。 現状でも彼の持つ情報を引き出す事はできるだろうが、その鮮明さは肉体が存在する状態で伝達されるそれに制度で劣る。 単に文章や音声のみでは伝わらない、漠然としながら確固たる情報というものも、確かに存在するのだ。 だが、この男が欲しているのは、管理局の総意としての言葉ではない。 リンディ・ハラオウン個人として、それを許容できるか否かという問いこそが、彼の発言に隠された真意だ。 良人の為、家族の為。 何より自分自身の為に、禁忌たる技術を用いる覚悟はあるかと。 リンディの心は決まっていた。 たとえ違法だろうと、禁忌であろうと、クライドに人間としての姿を取り戻す為ならば、管理局高官として可能な如何なる手段でも講じようと。 第一に、この件に関しては許可が通る公算が非常に高い。 此処で口約束に応じたとしても、何も問題は無いだろう。 リンディ自身としては最早、そんな事にまで思考は及んでいない。 しかし事実として、非常にリスクの低い案件である事は間違いなかった。 問題は、問われた人間の良識の壁のみ。 それですら今この瞬間、リンディには存在しないも同然だった。 艶やかな唇が開かれ、決然とした意思の込められた言葉が放たれんとする。 局員の数名が息を呑み、スカリエッティが薄く笑みを浮かべた。 それを知覚する事すらなく、リンディは微かな力を喉の奥へと込める。 そして遂に、その意思が音として放たれた瞬間。 「ッ! 何だ!?」 「な!」 全てが、闇に包まれた。 あらゆる光源が同時に沈黙し、暗闇の中にうろたえる局員達の声のみが響く。 数秒後、魔法を扱える者が浮かべた魔力球を光源に、何とか視界を確保する事はできた。 しかし明かりが戻る事はなく、入り混じって響く声の内容は更に焦燥を強めてゆく。 「・・・駄目です。全ての機器が沈黙しています。原因は不明」 「中央センターに連絡は?」 「試みましたが、繋がりません! 一切の回線が切断されています!」 「念話は繋がりますが・・・区画内のみです。それ以上となると・・・」 「ドアが開かない・・・空調も止まっているぞ。こいつは停電か」 「復旧を待ちますか? それとも抉じ開ける?」 「攻撃を受けた・・・いや、振動は無かったが・・・」 その時、突如として照明が復旧する。 他の機器も全てが機能を回復し、室内には無数の光源が生まれた。 リンディもまた、復旧した電力に安堵する。 しかし、ウーノの上げた声が、その安堵を打ち砕いた。 「ドクター」 「何かね」 「中央センターより緊急。通常回線ではありません。非常回線を使用しての、全区画に対する非正規通信です。如何致しましょう」 「繋いでくれ」 非常回線を通じての、中央センターから全区画への通信。 その言葉に、リンディの身体へと緊張が走る。 これは、只事ではない。 開かれた空間ウィンドウはホワイトノイズのみを映し出し、音声だけが正常に出力される。 そして直後、オペレーターの叫びが木霊した。 『・・・繰り返す! システム中枢が内部からのハッキングを受けている! 転送地点、特定! 研究区画、第4隔離室! 付近の局員は急行し、プログラム発信源を破壊せよ! 繰り返す! システム中枢が・・・』 咄嗟に、振り返る。 クライドの脳髄を内包したポッド、その前面に1つの空間ウィンドウが展開されていた。 管理局のものと同じデザインだが、それを展開したのは研究員ではあるまい。 リンディの掌よりも小さなそれは表面に、これまた小さな文字列を浮かび上がらせていた。 彼女やスカリエッティを含めた数人が駆け寄り、文字列を読み取る。 『Now Transferring』 その意味を理解すると同時、微かな振動が隔離室を揺るがした。 そして、リンディは理解する。 この状況を引き起こした存在が、何者であるかを。 何て事だ。 何故、クライドを乗せたR戦闘機が撃墜されたのか。 何故、黙って彼をこちらへと明け渡したのか。 何故、彼等は今まで本局を攻撃しなかったのか。 全てが今、繋がった。 これは「罠」だったのだ。 フェイトの目前でR戦闘機が墜ちた事も、彼女がクライドを回収した事も。 地球軍にとっては全て、初めから定められた作戦行動の一環であったのだ。 フェイトとクライドの機が遭遇したのは、果たして偶然か? 彼女の魔力を探知し、その後を追跡して眼前へと現れたのではないか? そう、全てはこの瞬間の為。 クライドを、R戦闘機のパーツとなった彼を局員による回収を通じて本局へと送り込み、最も無防備な中枢からシステムを掌握する為。 情報を奪取し、それを外部へと転送する為。 そして、迎撃システムを停止させる為。 何の為に? 考えられる理由は、1つしかない。 彼等の目的は、彼等の任務とは。 『所属不明シャトル2機、外殻を破壊して侵入・・・更に6機、急速接近中!』 『A12、F25にて侵入者を確認! 武装隊は当該区画へ急行、直ちに迎撃を開始せよ!』 捕虜の、救出だ。 『E区画全域、電力ダウン! 予備電力に』 唐突に、回線が途切れる。 誰もが呆然と立ち尽くす中、再度の振動が隔離室を揺るがした。 * * 『作戦開始予定時刻まで120秒』 その通信を耳にしながら、彼は作戦の概要を反芻していた。 電子的強化を施された脳は余す処なく情報を再確認し、その何処にも問題が無い事を確認すると並列処理を一時的に終了する。 作戦開始前の、短いクールダウン。 通常の単体処理を以って思考するのは、この作戦が決行に至るまでの経緯である。 旧R-9WF、つまりは現「R-9WZ DISASTER REPORT」の制御ユニットである人物についての詳細が判明した時、この救出作戦は立案された。 609のR-13Aと交戦した時空管理局執務官とは義理の父娘に当たり、その背後関係を捕虜となったパイロット達より齎された情報を基に洗い出した結果、制御ユニットを執務官に回収させる事で本局へと侵入させようと考えたのだ。 ヴェロッサ・アコース査察官の記憶に含まれていたフェイト・T・ハラオウン執務官の傾向分析情報から、彼女が義父の救出を実行する可能性は非常に高いと判断された結果である。 管理局バイド攻撃隊が人工天体内部へと転送された事実が判明した直後、6機のR-9ER2が同じく人工天体へと送り込まれた。 ハラオウン執務官の魔力反応を捜索・探知し、その座標近辺へとR-9WZを送り込む。 そして遭遇後、彼女達の目前でR-9WZを撃墜を装って墜落させ、制御ユニットを回収させる。 それが、この作戦の大まかな筋書きだった。 ところがR-9WZと管理局攻撃隊はA級バイド汚染体、更には破棄された上で汚染されたR-9Wと遭遇、交戦状態へと突入してしまう。 一時は彼等による制御ユニットの回収自体が危ぶまれたものの、最終的には何とか当初の作戦通りに事が進んだ。 後は、制御ユニットに組み込まれたプログラムの発動を待ち、浅異層次元潜航で本局へと接近、迎撃システムの停止を以って浅異層次元潜航解除、突入。 そして捕虜を救出し、回収されたR戦闘機の残骸を破壊した上で脱出。 再度、浅異層次元潜航へと移行し、同じく潜航状態にあるヴァナルガンド級巡航艦へと帰還する。 それで、全てが終わるのだ。 無論、作戦失敗時の対応策も用意してある。 艦隊にこちらへと戦力を回す余裕は無い為、その実行も救出部隊が担当する事となるが。 そして、もう1つ。 捕虜救出とR戦闘機の破壊以外に、更に別の任務が彼等には与えられていた。 それは、とある人物を始めとする数名の確保。 「ジェイル・スカリエッティ」。 「戦闘機人」No.1・3・4・7・10の身柄、及びNo.2の残骸。 現在、本局内部に存在する戦闘機人については、つい先程に制御ユニットより情報が齎された。 彼等を確保した上での、周囲に存在する全局員の殲滅、及び当該区画の完全破壊による隠滅工作。 どうやら「TEAM R-TYPE」の次なる興味の向かう先は、アルハザードとやらの古代文明が有した技術と、あの生態兵器群が持つインヒューレントスキルと呼称される特殊技能についての様だ。 如何なる方法を用いても彼等を確保し、艦隊へと連行しろとの事。 スカリエッティに関しては最悪、脳髄だけでも確保できれば良いらしい。 戦闘機人に至っては損傷を考慮する必要は無く、最初から殺害を前提として交戦しても問題は無いとの事だ。 どちらにせよ、余計な危険を背負い込む事は避けたい。 隊には既に、友軍以外は発見次第射殺せよとの指示が下されていた。 特に厳命された事例が、対象の年齢を考慮するなとの指示だ。 先の戦闘に於いても確認されていた事実だが、管理局は基本的に最少年齢を考慮しない組織形態であるらしい。 後方は兎も角、前線に於いても齢10にも満たない少年少女の存在が、既に多数確認されていた。 入手した情報によると、管理局は希少な魔導因子保有者を片端から局員として取り込み、中でも戦闘に適性を示した者は年少の内より実戦任務に就く事が通常らしい。 こちら独自の分析では、年長者が有すべき良識の欠如と云うよりも、魔導因子保有者の精神的成熟が異常に速いのではないかとの結論が下された。 この理由から、魔導文明では古来より年少者の社会進出が早く、同時に戦力としての運用に際しても抵抗が少ないのではないかというのだ。 だとすれば、戦場に於いて年端も行かぬ少年少女の魔導師と遭遇し発砲を躊躇うのは、単に愚かな上に無意味な行為としか云い様がない。 子供を戦場へと送り込んだのは彼等であり、しかも当人達はその状況に納得し受け入れている。 殺害を躊躇い見逃せば、次の瞬間にはこちらの身体が蒸発しているかもしれないのだ。 そうでなくとも、バインド等という対象捕獲用魔法を用いる猶予を与えては、それこそ一方的に殲滅されるのが関の山だろう。 だからこその厳命、繰り返し発せられた意志確認だった。 『目標、迎撃システム沈黙まで30秒。突入に備えろ』 『武装確認』 パイロットからの通信。 強襲艇内部に、金属質な音が幾重にも鳴り響く。 それが収まる頃、機内のエアが減少を始めた。 数秒で真空状態となり、照明がノーマルからレッドへと切り替わる。 『20秒前』 固定器具の肩元が解放10秒前の点滅を開始。 同時に視界へと、照準を始めとする各種環境情報がリアルタイムで表示される。 インターフェースを通じて齎される各種情報は、肉眼のみでの情報重要速度を遥かに上回っていた。 この状況判断の素早さこそが、個人携行火器で魔導師を相手取る上での最大の強みだ。 既に銃弾は対魔力障壁用に開発された物を実装してはいるが、マルチタスクと常識外の火力を兼ね備えた魔導師相手には、これでも不安が残る。 何せ魔導師と歩兵戦力との戦闘記録が存在しない為、実際の交戦では何が起きるのか予測が付き難い。 ならば考え得る最高の対処法は、先手を取っての一方的にして徹底的な弾幕による殲滅。 人工筋肉を内包した装甲服に身を包んだ隊員の半数近くは、生身では決して持ち上げる事などできない大型の分隊支援火器を装備している。 通常の自動小銃やPDWを手にした隊員も居るには居るが、やはりそれとは別に面制圧が可能な火器を携帯していた。 明らかに過剰火力であるとは理解していたが、魔導師に対する無知から来る不安がそれを打ち消しているのだ。 おまけに艦隊は、最高の援護を寄越してくれた。 通常戦域での総合性能も然る事ながら、閉鎖空間では間違いなく並ぶものの無い圧倒的な性能を発揮する機体。 エースパイロットの中でも限られた者のみが搭乗を許される、正にエースオブエースの為の機体。 いざとなればそれらの支援を受ける事で、如何な高ランク魔導師とはいえど数秒と掛けずに殲滅できるだろう。 『10秒前』 そして遂に、その瞬間が訪れる。 カウントが始まり、総員のゴーグルに微かな光が点った。 指揮官たる彼は8名の部下に対し、インターフェースを通じて告げる。 可能な限り、全員で生還する。 それを成し遂げる為の、仕上げの言葉を。 『目標を除き即時射殺。復唱せよ』 『目標を除き即時射殺、了解』 突入5秒前。 彼の右側面、自動擲弾銃を持つ手とは反対のそれには、黒く塗装されたケースのハンドルが握られていた。 その片隅には、小さな白いマークが刻まれている。 円を中心とした、3つの扇形。 『突入』 そして、衝撃。 数瞬後、固定器具が解放され、続いてハッチが開け放たれる。 一糸乱れない行動で4分隊、計36名が機外へと展開。 火花と破片、破壊された構造物。 真空の中、激しくのたうちもがき続ける、複数の熱源。 それらを視界へと捉え、銃口のレティクルとピパーが重なった瞬間にトリガーを引く。 発射される榴弾、3発。 爆発、生命反応消失。 暫し友軍の発砲を意味する表示が視界へと瞬き、やがて鎮まる。 周囲の安全を確保した事を確認し、捕虜の位置を確認。 部下を促し、その区画へと向かうべく足を踏み出した、その瞬間だった。 『・・・バイド係数、増大!』 壁面の遥か向こう、次元航行艦ドック。 バイド生命体の存在を意味する表示が、小山の様に膨れ上がった。 * * 阿鼻叫喚、地獄絵図。 極端に言い表すならば、これらの言葉が当て嵌まるだろう。 レティはウィンドウに映る光景を見つめながら、きつく拳を握り締めた。 表示されている区画名は艦艇停泊区、第26ドック周辺域主要通路。 現在その区画は、多様な光を放つ魔導弾が乱れ飛び、破壊音と悲鳴、断末魔が響き渡る戦場と化している。 敵は2種、余りにも異様な存在だった。 1つは、防衛用のセキュリティ・オートスフィア。 本来、局員を守るべく配備されているそれらは出動と同時、周囲の局員に対し無差別攻撃を開始した。 攻撃の全ては非殺傷設定を解除されており、標的となった周囲の人間は乱射される魔導弾によって次々に弾け飛ぶ。 地球軍による再度の襲撃を警戒して、新型を大量に配備していた事が現状では逆に仇となっていた。 汚染されたそれらは正規の信号を一切に亘って受け付けず、只管に周囲の生命体へと攻撃を繰り返す。 更に、致命的な損傷を受けるや否や、局員達の中心へと突撃し魔力暴走による自爆を実行するのだ。 如何に百名を優に超える魔導師が現場に存在するとはいえ、無限とも思える程に存在するオートスフィアの群れには太刀打ちできない。 防衛線が押し潰されるのは、時間の問題だった。 そしてもう1つが、爆発的な勢いで膨れ上がる異形の肉塊。 外観こそ有機物にして金属光沢をも併せ持ったそれは周囲の無機物、有機物を問わず吸収し、肥大化してゆく。 砲撃と直射弾を撃ち込まれる度に弾け、明らかに血液と判る大量の液体を周囲へと振り撒きつつも、その侵食速度は些かも衰えはしない。 それもその筈、破壊された部位は修復しているのではなく、更なる増殖によって呑み込まれているのだ。 人も、機械も。 自らを守らんとするオートスフィアから、生命活動を停止した自身の構成部位でさえ喰らい尽くし、その全てを増殖の糧とする醜悪な生命。 既に、区画全体の壁面には毛細血管にも似た肉管が縦横無尽に奔り、その侵食は床面から天井面までをも覆い尽くしている。 「AC-47β」の配備により、魔導師は陸士であっても疑似飛行が可能となっていた為、侵食面に触れずに戦闘を展開する事ができた。 しかし空中への退避が遅れた者、そもそも魔導因子を持たない者などは、毛細血管が脈動する侵食面に触れた瞬間から耳を覆いたくなる様な絶叫を上げ、片端からその場に崩れ落ちてゆく。 そして空中も安全という訳ではないらしく、侵食著しい壁面に囲まれた地点での戦闘に当たっていた空戦魔導師は、突如として制御を失うと自ら肉塊の最中へと飛び込んでいった。 どうやらあの有機体には、物理的のみならず精神的にも生命体を侵食する能力があるらしい。 『こちら1012、限界だ! 抑え切れない! 防御ラインが崩壊する!』 『退避せよ、1012! 停泊区を出るんだ!』 『なら隔壁を開けてくれ! 何をやっても反応が無いぞ!』 『2071より中央、何をやっているの!? また隔壁が展開された! 私達を見殺しにするつもり!?』 『コントロールが効きません! 第2管制区より2071、隔壁を破壊して脱出して下さい!』 『そんな暇は無いんだ、馬鹿野郎!』 ウィンドウより発せられる音声が、更に悲壮なものとなる。 悲鳴は徐々に数を減らし、今は怒号と破壊音のみが戦場を支配している様だ。 其処に時折、湿り気を帯びた肉塊と肉塊が擦れ合う異音が入り混じり、レティは込み上げる嫌悪感を抑える事に苦心していた。 『エミー! クソ・・・畜生! エミーが、エミーが肉野郎に喰われた! エミリア三等空尉、敵性体により捕食!』 『バイタルがあるわ! まだ生きてる!』 『そんな馬鹿な事があるか! 俺は彼女が潰される瞬間を見たんだぞ!』 『あれは・・・見ろ、ロッシだ! ロッシのデバイスだ! 光ってる・・・奴はまだ生きてるぞ! バイタルもある!』 『でも、彼はスフィアに頭を吹き飛ばされて・・・!』 『畜生、何がどうなってやがる!?』 更に錯綜する情報。 レティにできる事は、ただそれを聴き続ける事だけだ。 回線は艦艇停泊区からの一方向通信であり、こちらからの発信は向こうへと届かない。 其処彼処で異常が生じている為、復旧さえ儘ならないのだ。 だからこそレティには、局員が次々に死に逝く様を前に、こうして見ている事しかできない。 その事実が堪らなく憎く、悔しかった。 『ロウラン提督』 だからこそ、彼女は別の指示を下したのだ。 通信の繋がる場所へと、自らの権限を活かして。 本来ならば然るべき指示を下す筈の部署は、回線の切断により連絡が取れない。 よって指示を仰ぐ事もできず、状況の確認も儘ならない部隊が、数多く存在していた。 その中の1つへと回線を繋ぐ事に成功したレティは、すぐさま取り得る行動を伝達したのだ。 「経過は?」 『既に患者の70%がシェルターへの避難を終えています。残るは重症患者と数名のスタッフのみです』 「分かったわ。引き続き誘導に当たって頂戴」 『了解・・・しかし一体、何事なのです? 侵入者は地球軍ではなかったのですか? なぜ停泊区にバイドが・・・』 医療区にて患者の避難誘導に当たっていた部隊からの通信に指示を返し、続く言葉に唇を噛み締めるレティ。 彼女は知っていた。 艦艇停泊区を侵食するバイドが、如何にして本局内部へと侵入したかを。 要するにフェイト達は地球軍のみならず、同時にバイドにも嵌められたのだ。 帰還した攻撃隊の一部は第151管理世界の生存者を捜索する過程で、彼等が脱出に用いた小型次元航行艦を発見した。 だがバイドは既に、その艦を自らの制御下に置いていたらしい。 本局ドックへの入港後、艦は魔力炉の出力を限界まで引き上げた。 御丁寧にも観測機器へは疑似信号を流し、出力を偽装した上での行動。 炉心へと侵入したバイド体は、局員のデバイスに装着された「AC-47β」をすら下回るバイド係数しか検出されぬ状態から僅か20秒足らずで、その260,000倍の数値を叩き出すまでに増殖した。 その結果が、区画そのものをも侵食せんとする、あの金属光沢を放つ肉塊の壁だ。 オートスフィアの制御中枢を瞬く間に汚染し、今なおその侵食範囲を拡げつつある、生ける壁。 恐らくは地球軍も、そしてバイドもこの状況を予測していた訳ではないだろう。 両者ともにフェイトを、攻撃隊を利用する事を画策した結果、同じタイミングで獲物が掛かったというだけの事らしい。 だが、だからといって状況が好転する訳もない。 今この瞬間、この本局内部では侵入した地球軍が、恐らくは捕虜となっているパイロット達を奪還すべく、作戦行動を展開しているのだ。 間違いなく彼等は、このバイドの存在を察知しているだろう。 彼等の事だ。 この艦が汚染されていると判断すれば、間違いなく捕虜の救出後に戦略攻撃で以って本局の破壊へと乗り出すだろう。 そうなる前にバイドを殲滅するか、或いは総員が脱出せねばならない。 『提督、ロウラン提督!』 焦燥に駆られた声。 レティはウィンドウに映る武装局員が、只ならぬ表情を浮かべている事に気付く。 不吉な予感が沸き起こる中、彼女は何事かと問うた。 返ってきたのは、信じられない報告。 『重症患者3名の姿がありません! スクライア無限書庫司書長、アコース査察官、及びシグナム二等空尉の3名が消息不明です!』 その報告を最後に、医療区との通信が途絶える。 同時にレティ自身を揺るがす衝撃、そして轟音。 堪らず執務机に手を突き、身体を支える。 慌てて複数のウィンドウを開こうとするも、一切のシステムが反応しない。 暫し呆然と佇むレティ。 だが、すぐに彼女は行動を起こした。 執務室内の金庫を開け、その中に安置されていた小型のデバイスを手に取る。 彼女自身は前線に出られる程の魔力を有してはいないが、「AC-47β」により強化されたデバイスがあれば、護身を目的とした直射弾を放つ程度の事はできた。 拳銃型のデバイスが正常に機能する事を確かめ、非殺傷設定を解除する。 最悪、相手方を殺傷する事になるかもしれない。 額へと薄く滲む汗を意図して無視しつつ、レティは覚悟を決める。 もう、躊躇ってなどいられない。 スカリエッティの言う通りだ。 これはもはや戦争ではなく、生存競争。 殺さなければ、殺される。 引き金を引く事を躊躇った者、殺す事を躊躇った者から喰われてゆくのだ。 研究区までのルートを脳裏で再確認しながら、念の為に幾つかの迂回路を設定しておく。 残る局員の正確な位置も判然としない今、移動中に遭遇した者と合流していくしかあるまい。 取り敢えず、この執務室の周辺域だけでも200名は居るだろう。 先ずは彼等と合流し、態勢を整えねば。 デバイスを手に扉の前へと立つレティ。 しかし数秒が経っても、それが開く様子は無い。 其処で機器の殆どが沈黙している現状を思い出し、傍らの非常用パネルへと手を伸ばす。 幾つかのスイッチを入れ、予備電力への接続を確認。 扉が稼働状態となった事を確かめると、再度その前へと立つ。 そしてセンサーが機能し、エアの排出音と共に扉が開き。 其処に、漆黒の装甲服に身を包んだ人物の姿があった。 銃声。 レティの視界が、上下に激しく回転する。 撃たれた? その事実を、否が応にも理解せざるを得なかった。 大量の紅い飛沫が周囲の壁面を濡らす様を、彼女の視界ははっきりと捉えている。 腹部の辺りに熱と痺れが奔り、下半身の感覚が消えて失せた。 そんな中、脳裏に過ぎったのは、何者かという疑問でも、この状況をどう伝達すべきかという思考でもなく。 嗚呼、叶う事なら。 一度、たった一度だけでも良い。 もう一度、家族みんなで集まりたかった。 些細な願い、そして夫と息子の優しい面持ちだった。 軽い咳。 紅い飛沫が弾ける。 以後、その喉が動く事は無い。 天井面から壁面、床面に至るまで、全てが紅く染まった執務室。 散乱する自身を構成していた生体組織の破片と夥しい量の血液、漆黒の装甲服とその手に握られた大型の銃器。 幸いにもそれらを視界へと映す事なく、レティ・ロウランは家族の優しい表情を脳裏へと焼き付けつつ、永遠にその意識を閉じた。 * * 「全く・・・何か返事くらいしたらどうなの!?」 そんな愚痴を零しつつ彼女は、厳重に閉ざされた独房の扉を蹴る。 通常の人間を遥かに超える膂力で以って蹴り付けられた扉は、しかし傷ひとつ付きはしない。 その様子に更に機嫌を損ねたらしき彼女、戦闘機人No.4たるクアットロは、ひとつ鼻を鳴らした。 全く訳が分からない。 突然、本局へと移送するとの旨が知らされ、あの忌々しい軌道拘置所を出された。 それはまだ良い。 だが理由を知らせもせず、1ヶ月以上に亘っての監禁とはどういう事だ。 管理局側からのコンタクトは何も無く、こちらからの呼び掛けは悉く無視される。 軌道拘置所だってもう少し面白い反応が返ってきたものだ。 此処では暇潰しとなるものが何も無く、只管に退屈を耐え忍ぶしかない。 「えぇい、忌々しいですわね!」 そう毒吐くと、腹癒せにもう一度、扉を蹴り付けようとする。 しかしその脚は、唐突に扉が解放された事により宙を切る事となった。 思わず小さな悲鳴を上げ、態勢を崩して前へと倒れ込む。 其処はもはや独房の中ではなく、扉の外の通路だと気付くクアットロ。 悪態を吐きながら床へと打ち付けた身体を起こし、僅かに視線を横へとずらす。 視界へと飛び込んだのは、随分と頑強な印象を与える漆黒のブーツ。 バリアジャケットだろうか。 皮肉の一つでも言ってやろうかと、クアットロは軽い気持ちで視線を上へと滑らせる。 そして、その意識が凍り付いた。 「・・・ひッ!?」 零れる悲鳴。 それは、魔導師などではなかった。 明らかに質量兵器と判る重火器を手にこちらを見下ろすのは、漆黒の装甲服に身を包んだ所属不明の人物だったのだ。 顔全体を覆うマスクとヘルメット、そして鈍い光を放つゴーグルによって完全に隠された面持ちは、その内面を予想する余地さえ与えてはくれない。 その事実だけでもクアットロが恐慌を来すには十分だったが、更に恐ろしい光景がその先に拡がっていた。 「あ・・・あ、あ・・・!」 それは、局員と思しき人物等の死体。 元が何人であったか、収監されていた次元犯罪者ではないのか等の疑問については、もはや知る術は無い。 彼等は一様に高威力の攻撃によって引き裂かれ、肉片となって混じり合っているのだから。 通路の壁面には虫食い跡の様な無数の穴が開き、その下には僅かばかり原形を留めた腕や足、指や毛髪などが散乱している。 床一面に拡がる血溜まりの中には彼女の親指よりも太く長い薬莢が無数に転がり、血液との接触面から微かな湯気を立てていた。 散乱する肉片と血液の量から見ても、犠牲者の数は2人や3人では済むまい。 まさか、こいつは。 こいつは、遭遇する端から局員を射殺してきたのか? 「嫌・・・嫌・・・来ないで・・・!」 必死に後退さるクアットロ。 しかし、その人物の手に握られた質量兵器の巨大な銃口は、寸分の違いも無く彼女の動きをトレースする。 グリップを銃身上部に設けたその質量兵器が、一体どの様な性能を有しているか。 詳細は不明だが、少なくとも掃射が可能である事は間違いあるまい。 如何に戦闘機人の膂力といえど、大口径機銃による至近距離からの弾幕射を回避する事など不可能だ。 クアットロは、この場を切り抜けられる可能性など、僅かたりとも存在しない事を悟った。 金属音。 クアットロが、小さな悲鳴と共に身を竦ませる。 瞼をきつく閉じ、頭を抱え込んで襲い来る衝撃と破滅に備えた。 再度の異音。 鎖が擦れ合う際の様なそれに、彼女は更に怯えつつ首を振る。 もう、何も見たくはないし、聴きたくもなかった。 だが、何時まで経っても、破滅の瞬間が訪れる事はない。 相も変わらず異音は響き続けているものの、クアットロ自身へと何らかの影響が及ぶ事はなかった。 一体何が起きているのかと、漸く彼女は僅かながらも瞼を見開く。 そして、信じられない光景を目にした。 「・・・バインド?」 質量兵器を構えたその人物は、未だクアットロの正面に佇んでいる。 だが、その銃口は既に、彼女の身体を捉えてはいなかった。 正確には、質量兵器そのものが床面へと転がっていたのだ。 それを手にしていた筈の人物は、自身の頸部へと手をやり激しくもがき続けている。 そして、その頸。 緑光を放つ魔力の鎖が、毒蛇の様に巻き付いている。 幾重にも、幾重にも。 その圧力だけで肉と骨が千切れんばかりに、バインドがその人物の頸部を締め上げていた。 直後、その足下を黒い影が駆け抜ける。 動物らしき影、そして魔力反応。 凄まじい勢いで装甲服に身を包んだ人物の足下を掬い、態勢を崩した上で背面を跳ね上げる。 重厚な装甲服が宙で半回転し、一瞬の後、頭から落下を始めた。 床面へと激突、振動。 何かが粉砕される異音。 「ひ・・・」 三度、小さな悲鳴が漏れる。 音を立てて倒れ伏す装甲服を前に、クアットロはただ床面を這いつつ距離を置く事しかできなかった。 暫し不規則な痙攣を繰り返していた装甲服だったが、やがて等間隔を置いて足が微かに動くだけとなる。 「死んだ・・・の?」 「多分そうだね。頸部を砕いた筈だから」 唐突に返された言葉に、クアットロは反射的に通路の角へと視線を投げ掛けた。 何時の間に現れたのか、其処には1台の電動式車椅子が鎮座している。 その後ろには、補助用の杖を突く人物が1人、更に壁に寄り掛かる人物が1人。 通路の明かりが非常灯のみである為、通常ならば人物の特定などできはしない。 しかし、戦闘機人たるクアットロの視覚は、彼等の正体を看破していた。 「何で・・・貴方達が・・・」 車椅子に乗る人物。 金髪を揺らしつつ右手でグリップを操る彼には、右腕以外の四肢が存在しない。 杖を突く人物。 包帯で目を覆われた彼は、どうやら既に失明しているらしい。 唯1人、自力のみで立つ人物。 しかし彼女は、自身の誇りたる剣を手にしてはいない。 クアットロは、彼等を知っていた。 それこそ幾度となく、繰り返し彼等の情報を精査してきたのだ。 間違う事などない、確かな情報。 「無限書庫司書長・・・本局査察官・・・ライトニング分隊・副隊長・・・!」 「ほう、流石はナンバーズの参謀。良く知っているな」 ユーノ・スクライア。 ヴェロッサ・アコース。 シグナム。 「まあ、間に合って良かったよ。君に死なれると、せっかく此処まで来た労力が無駄になってしまうからね」 「あ、え?」 「他の敵なら心配は要らないよ。2つ向こうの区画で暴走したトランスポーター諸共、跡形もなく吹き飛んでる・・・知識は力なり、って奴さ」 状況を把握する事ができずに、戸惑うクアットロ。 そんな彼女を余所にユーノ・スクライアは、車椅子を操り彼女へと近付く。 そして、残された右腕を彼女の眼前へと差し伸べ、その言葉を放った。 予想だにしなかった言葉、信じ難い言葉を。 「僕に、君の力を貸して欲しい、クアットロ」 轟音、震動。 殺戮と侵食に揺れる本局。 その極限状況の中で、2人の賢者は互いの手を取る。 魔法技術体系から成るあらゆる文明の情報を内包する無限書庫、その知識の宝庫、無限の情報を統べる結界魔導師。 スカリエッティの参謀としてその辣腕を振るい、一時はかのエースオブエースでさえ絶望の縁へと追い込んだ、魔女の如き戦闘機人。 情報という名の、決して見えず、直接的な実効力をも持たず、しかし何より破滅的な刃。 その不可視の刃、死神の鎌を振るう者達が、静かに動き出す。 自らの刃を失った者、前線へと立つ権利すら奪われた者達と共に。 報復の為に、彼等は動き始める。 時空管理局・本局艦艇。 その機能を麻痺させる、地球軍による情報工作、及びバイドによる汚染。 第7管制室から2つ同時に実行されたアクセスにより、両勢力からの中枢機能奪還が果たされたのは、僅か12分後の事だった。
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第97管理外世界。 科学技術の発展著しいものの、魔法技術体系が存在せず、時空間交流から取り残された辺境の世界。 「エースオブエース」、「夜天の王」など、強大な魔力を秘めた人材を輩出しつつも、次元世界の存在を観測しきれてはいないとの事から、他世界との交流を持たない奇妙な世界。 強大な力を秘めた質量兵器が氾濫、絶えず内戦が勃発・継続し、時には時空管理局が介入を考慮するまでに壮絶な戦火が立ち上る世界。 彼等が次元世界に進出する事は、まず無いだろう。 それが、次元世界の存在を知る者達の総意であった。 正確には、此方から接触しない限り、彼等が次元世界の存在に気付く事は無いだろう、との意だ。 時空間移動には魔力が必須。 魔力を有する者、次元世界に関わる者達の間では一般常識である事柄。 その程度の事ですら、彼等、第97管理外世界の住人達は把握していないのだ。 よしんばそれに気付いたとして、彼等の世界に魔力を扱う術は無い。 彼等が自力にて時空の海へと乗り出す事は在り得ないのだ。 少なくとも、次元世界の平定者を自負する管理局に属する者達は、それを信じて疑わなかった。 その世界を故郷とする、管理局屈指の魔力を有する2人、「高町 なのは」、「八神 はやて」ですら。 彼等は失念していた。 自らが次元世界の全てを理解している訳ではないという事実を。 そして、科学とは時に恐るべき進化を遂げる事を。 そして悪夢は、虚数空間の果てより現れた。 * 「JS事件」の収束から2年。 突如として発生した大規模な次元断層。 数多の世界が位相をずらし、次元世界は未曽有の混乱状態に陥った。 そして、簡易ながらも各管理世界の無事が確認され、管理局がその機能を回復した頃。 「艦長・・・前方に艦影1、本艦に向け接近中です」 「艦種は?」 「それが・・・」 本局次元航行部隊所属、XV級次元航行艦「クラウディア」の前へと、それは現れた。 「L級・・・L級次元航行艦です」 「なに?」 「艦名は・・・「エスティア」!? L級2番艦「エスティア」です!」 「馬鹿な!」 それは、20年以上も前に空間歪曲の中へと消えた、管理局所属L級次元航行艦。 そして辿り着いたポイントでは、信じ難い光景が繰り広げられていた。 「エスティア、交戦しています! 敵は・・・小型次元航行機、所属不明!」 「エスティアに繋げ! 援護を!」 「応答在りません。通信システムに異常」 「不明機より高エネルギー反応!」 弾幕を擦り抜け、エスティアの周囲を飛び回る機体。 その機首に取り付けられた球状部の先端に、暴力的としか言いようの無い膨大なエネルギーが収束する。 しかし信じられない事に、魔力の反応は一切無い。 そして数秒後、彼等、クラウディア・クルーの眼前。 閃光と共に、破壊の嵐が吹き荒れた。 「エスティア・・・撃沈されました・・・」 青い光の奔流が迸った跡には、外殻から内部機構までを撃ち抜かれ、動力炉の爆発に飲み込まれるL級次元航行艦の姿。 そして、緩やかな曲線を描くキャノピと、不可思議な球体を機首に備えた不明機が、クラウディアへとその進路を向けた。 先の戦いにて被弾したのか、その機体各所からは火花が散っている。 垂直尾翼は、既に一方が欠落していた。 しかしクラウディア・クルー一同の目に、その傷付いた純白の機体は無力な鉄塊ではなく、手負いの獣として映り込む。 「此方に気付きました! 不明機、急速接近!」 「・・・所属不明機を敵機としてマーク。迎撃しろ」 荒れ狂う怒りを押し込めた、低く、感情の浮かばない声。 クラウディア艦長、クロノ・ハラオウン提督。 記憶の中に霞む父、クライド・ハラオウン。 その乗艦を目前で撃沈された青年は、爆発しそうな己が思考を押し込めて指令を下す。 そして、次元世界の一角を魔導弾の弾幕が覆い尽くした。 * 「それで、なのはちゃんはどないするん?」 「うん、久し振りに実家に帰ろうかなって」 「そうやなぁ・・・3ヶ月ぶりの休暇やもんなぁ」 ミッドチルダの一角、大型ショッピングモールに構えられたカフェの一席。 六課解散後、久方振りに再会した高町 なのはと八神 はやては、休暇の使い道について意見を交わしていた。 「次元震のゴタゴタで顔も出せへんかったもんね。士郎さん、今頃寂しくて泣いてるんちゃう?」 「まっさかぁ」 懐かしい調子での会話に、2人の声は否が応にも弾む。 しかし、その空気に水を差すかのように、なのはのデバイスを通じて呼び出しが掛かった。 顔を見合わせ、苦笑。 はやての了承を得て、通信に返そうとした瞬間。 『高町一等空尉、緊急事態です。第97管理外世界に異変。衛星軌道上に多数の大型艦艇を確認。地球を包囲しています』 * 時空管理局・本局。 次元震の混乱からようやく立ち直ったそこは今、更なる混乱の坩堝へと叩き落とされていた。 第97管理外世界の観測結果、そしてクラウディアからの報告は、本局の機能を麻痺寸前にまで追い込んだ。 23年前、暴走する闇の書によって制御中枢のコントロールを奪われ、僚艦の戦略魔導砲「アルカンシェル」の砲撃によって消滅したL級次元航行艦、2番艦エスティアの出現。 エスティアと交戦、遂には単機にてこれを撃沈した所属不明の次元航行機。 クラウディアとの交戦の末、推進部を破壊されたその機体は捕獲され、今は支局の解析班へと回されていた。 パイロットは捕獲の際に抵抗、携帯していた質量兵器によって反撃してきた為、武装局員の非殺傷設定魔法により鎮圧され、現在は昏倒している。 そして、クラウディアは戦闘にこそ勝利したものの、推進システムの一部損傷、左舷外殻の完全破壊、「敵兵装」の体当たりによる艦橋損傷、それに伴う重軽傷者多数、内2名は意識不明の重体など、燦々たる有様であった。 現在はドックにて修復を受けているが、作業の完了までには相当の時間が掛かるだろう。 何より、艦は時間を掛ければ修復できるだろうが、幾ら同等の時間を費やしてもクルーが戻る確証は無いのだ。 クラウディア・クルーのみならず、本局の人間達が不明機とその乗員に向ける感情は、穏やかなものではなかった。 そしてそれは、フェイト・T・ハラオウンに関しても例外ではなかった。 今回は別件の捜査にて搭乗してはいなかったものの、クラウディアは少なからぬ任務を共にした、彼女にとっては愛着ある艦だったのだ。 そして、その艦長たるクロノ・ハラオウンは彼女の義兄である。 つまり、不明機によって撃沈されたエスティア艦長クライド・ハラオウンは、顔を合わせた経験すら無いものの、彼女の義父に位置付けられる。 エスティアの出現と撃沈を知り、連絡を入れた際の母の顔。 それは、未だフェイトの脳裏に焼き付いて離れなかった。 最愛の夫が生きているかもしれないという、淡い希望。 生存の可能性が完全に失われたと知った時の、深い絶望。 両者を同時に叩き付けられた、義母リンディ・ハラオウンの心中は如何なるものか。 フェイトはそれを思考し、直後に脳裏より振り払った。 これから、自身はその不明機パイロットに接触するのだ。 捜査に私情を持ち込む事は許されない。 それでは、自らを慕い、その姿から学ぼうとする者の為にもならない。 振り返れば、配属から2年近くが経つ今なお彼女に付き従う補佐官が、気遣わしげな目を向けていた。 ティアナ・ランスター。 六課解散後にフェイト自らが引き抜いた少女。 彼女にとっても、クラウディアは思い入れの在る艦である。 フェイトには、同じ怒りを抱えているであろう彼女が、自らのそれを押し殺して上司を気遣っているのが良く解る。 だからこそ、無理をしてでも穏やかに微笑んだ。 「大丈夫だよ」 何とか発した声に、ティアナは「そうですか」とだけ返した。 余計な気遣いは、逆に相手を追い詰めるだけだ。 それを理解しているからこその返答だった。 フェイトもそれに対して軽く頷きを返し、再び歩を進める。 その時、2人に対し通信が入った。 発信元は本局内、無限書庫だ。 ウィンドウを開くと、幾分疲れた顔の男性が映り込んだ。 ユーノ・スクライア。 フェイトとその親友の幼馴染であり、無限書庫司書長の肩書きを持つ青年。 彼は手短に挨拶を済ませると、即座に本題を切り出した。 『例の不明機・・・名前が判明したよ。ご丁寧にも、機体に書いてあったらしい。第97管理外世界の言語に酷似・・・というよりそのまま。解読するまでもなかったよ』 「そうなんだ。それで、名前は?」 『「R-9A ARROW-HEAD」。意味はそのまま「鏃」だね。解ってるのはこれだけ。あとは解析班の報告待ち』 「そっか・・・」 「あの、スクライア司書長。あの機体に用いられている魔導技術については、何か特色は無かったのですか?」 横からのティアナの質問に、ユーノは力無く首を横に振った。 『いや・・・古代ベルカから近代まで手当たり次第に書庫を漁ったけど、該当する技術は無かった』 「そう、ですか・・・」 『でもね、気になる事があるんだ』 その言葉に、フェイトとティアナは身を乗り出した。 何か手がかりを掴んだのか? 『解析班の1人が、通信で漏らしてたんだけどね。あの機体、魔力が欠片も検出されなかったそうだよ』 「え・・・」 『当初は推進部の残骸から魔力反応があったらしいけど、分析の結果、魔力に似た完全に別種のエネルギーだと判明したらしいんだ』 「でも、次元世界を航行していたんだよね? 魔力反応が無いのはおかしいんじゃ」 余りに意外な言葉に、フェイトとティアナの思考が混乱する。 そして、続くユーノの言葉が、2人の思考に決定的な打撃を与えた。 『つまり、ね。あの機体は、純粋な科学技術のみで構築されているにも関わらず、次元世界を自在に航行していたという事になる。管理世界の常識を覆す、超高度テクノロジーの産物だよ』 暫し呆然と、目前のウィンドウを眺める2人。 しかし、すぐさま気を引き締めると、フェイトは2人に確認を取った。 「ティアナ、例のパイロットは目覚めた?」 「・・・いえ、まだです」 「ユーノ、これからそっちに行く。目ぼしい資料があれば揃えておいて」 『解った。とはいっても、該当する資料が今のところ全く―――』 ユーノがそこまで口にした、その時。 衝撃が、本局全体を揺さ振った。 「な、うぁっ!?」 凄まじい衝撃に、為す術無く壁へと叩き付けられるフェイト、ティアナ。 バリアジャケットを纏う暇すら無かった。 暴力的な力に細身の身体を弄ばれ、力任せに壁へと叩き付けられたのだ。 それでも床へと落下した際にすぐさま体勢を立て直したのは、流石は執務官とその補佐官か。 瞬時に状況を確認し、互いの状態を確認し合う。 「ティアナ!」 「大丈夫です!」 警報。 本局全体に警戒を促すアナウンス。 しかし今のところ、攻撃とは言っていない。 すぐに中央センターへと通信を開き、現状を確認する。 「攻撃ではない?」 『現在、周囲に敵影は確認されません。魔力反応すら検出されていない為、敵襲の可能性は低いと判断しました』 「では内部?」 『その可能性が高いと見ています。しかし現在、内部モニターの約3割が稼動を停止。被害状況の確認は然程進んではいません』 そこまで聞いた時、フェイトは背後から声を掛けられた。 「あの、執務官・・・」 咄嗟に振り返るフェイト。 そこには、青褪めたティアナの顔があった。 「どうしたの?」 「無限書庫・・・応答しません」 途端、フェイトの背筋を悪寒が走る。 まさか。 まさか、そんな。 「スクライア司書長も・・・無限書庫自体も、応答ありません。全く、誰も・・・」 本局内に、更に大音量の警報が鳴り響いた。 * 『「オウル・アイ」より「クロックムッシュⅡ」。強行偵察任務終了。帰還する』 『クロックムッシュⅡよりオウル・アイ、了解した。指定ポイントにて待機する』 異層次元の海を、1機の偵察機が翔け抜ける。 静謐に、隠密に。 一切の痕跡を残さず、自らの存在すら周囲に知られる事無く、その機体は超至近距離からの強行偵察を完遂し、母艦へと帰還する最中であった。 巨大な球状レドームに、大容量ディスク内蔵パーツ。 「R-9ER2 UNCHAINED SILENCE」 偵察と攻撃。 双方を同時に行うという、規格外の思想から生まれた機体。 その力を存分に発揮し、異層次元に浮かぶ所属不明の巨大艦船に対する強行偵察を成功させたパイロットは、母艦への帰路に就きながら収集データの確認をフライトオフィサに命じる。 彼自身は、そのデータを目にする事は無い。 それは帰還すれば幾らでも出来る。 先ずは、生きて戻る事に全力を費やすべきだ。 しかしそんな彼にも、ひとつだけ解っている事があった。 一瞬だけだが、そのデータははっきりと耳に飛び込んだ。 フライトオフィサの声。 パイロットの彼にとってそれ以上に重要なデータは無いからだ。 『大型艦、多数確認。363部隊機を撃墜したものと同型艦だ』 「バイド」と交戦状態にあった友軍機を撃墜した艦。 それと同型の艦艇が多数停泊する、超大型異層次元航行艦艇。 これは、どういう事か? 簡単な事だ。 第一次バイドミッション以前から、例外など一度たりとも無かった。 いや、例外などある筈が無いのだ。 此方に、人類に対し牙を剥くというのなら。 それは、紛う事なき「バイド」なのだ。 * * * 魔法を用いない超高度次元干渉文明の存在に対する理解の不足。 第三次バイドミッションに於ける「バイド」殲滅失敗の事実から齎される焦燥。 幾多の不幸が重なり、事態は加速度的に悪化の一途を辿る。 しかし、奇跡の力「魔法」を用いる者達も、邪なる力「R」を生み出した者達も。 互いの過ちに気付く事は無く、それを指摘する者も無い。 そして、次元断層の奥深く。 虚数空間の海に、狂える咆哮が響き渡る。 後に、時空管理局史上、最大最悪の事件と称される「B事件」。 またの名を「AB戦役」。 奇跡を嘲笑い、祈りを踏み躙り、憎悪を喰らう悪魔は、新たな次元へとその牙を向けた。 魔法に満たされた時空、4度目の悪夢が幕を開ける。
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薄闇に支配された空間を、薄紫の燐光と共に放たれた斬撃が一閃する。 合金製の壁面を削りながら襲い来るその一撃を、濃緑色の機体はスラスターによる後退を以って回避。 しかし、鞭の様にしなるレヴァンティン・シュランゲフォルムの刃は一度薙いだ空間を更に前進、続けて二段目の斬撃を放つ。 不明機は球状の兵装を射出、レヴァンティンの刃へと当てる事によって強引に軌道を逸らし、急加速を以って前進、ダクト深部への離脱を図る。 しかしその行く手に新たな複合障壁が現れ、激突を避ける為に急減速。 そこへ更なる斬撃が襲い掛かるも、不明機は予備動作無しの垂直上昇によってそれを躱す。 そして高速にて接近した球状兵装と連結、再び正面から剣閃の主と相対した。 「・・・見事だ。初太刀で決められると思ったのだが・・・まさか此処までやるとは」 賞賛の念さえ込められたその言葉に対し、声が返される事は無い。 それは予想された事であり、彼女も無理に言葉を引き出そうとはしなかった。 不明機は動かない。 下手に動けば、即座にシュランゲフォルムからの一撃が繰り出される事を理解しているのだろう。 「その図体、しかも手足すら無い機体での見事な回避行動。ガジェットの様な物かと思っていたが、とんだ思い違いだった様だ」 ゆっくりと歩み寄る影、その背には二対四枚の炎の翼。 アギトとの融合を果たしたシグナムは、悠然とした足取りで不明機との間合いを詰める。 「あの様な魂の無い鉄塊と比較するとは、私もまだまだという事か」 レヴァンティンをシュベルトフォルムへと移行させ、鞘に収めるシグナム。 ロードカートリッジ、排莢。 不明機は微動だにせず、一連の動作を前に沈黙を保つ。 「攻撃の見切り、機体を動かすタイミング、位置取り、全て一流。咄嗟の判断も申し分なし。だが・・・」 鞘に収めたままのレヴァンティンを突き出し、不明機へと向ける。 シグナムの目に浮かぶ感情は「怒り」。 心の内で燻り始めた激情を堪え、声色も低く問い掛ける。 「・・・何故、反撃しない?」 殺気をなお強め、返される事の無い問いを発するシグナム。 その言葉通り、接敵してからというもの、不明機からのシグナムに対する反撃は一度として無かった。 ただ只管にシグナムの攻撃を躱し続け、今に至る。 その機体には躱し切れなかった攻撃による損傷が無数に刻まれ、分厚い装甲によって内部機構の損傷こそ負ってはいないものの、外殻にかなりの痛手を被っていた。 にも拘らず、不明機はシグナムに対して攻撃行動を取ろうとはせず、この区画からの離脱を図るのだ。 だがそれも、先程展開した複合障壁によって阻まれた。 破る事は可能なのだろうが、その猶予を与えるつもりなどシグナムには無い。 「逃げているだけでは、此処から先へは進めんぞ」 鞘に収めたままのレヴァンティンを振り被り、不明機を見据える。 周囲に吹き荒れる、薄紫の魔力光と紅蓮の炎。 不明機下部に備えられた長大な砲身、その先端部に備わった小さなカメラのレンズが、僅かに動いた。 「飛竜・・・」 鞘より引き抜かれた刀身が、一瞬にしてシュランゲフォルムへと移行。 蛇腹状の刀身には薄紫の魔力光が宿り、シグナムの手元に従い螺旋を描く。 危険を感じたのか、不明機のスラスターが青い炎を噴くと同時。 「一閃!」 シグナムが振り切った刀身から、魔力の奔流が解き放たれた。 床面を削りながら不明機へと向かう、その名に違わず飛竜の如き斬撃。 だが今度は、不明機は回避する素振りさえ見せなかった。 そのまま球状兵装へと直撃、魔力光の爆炎が吹き上がる。 『やったか!?』 「いや・・・」 歓声を上げるアギト。 対して、シグナムは警戒を解かず、粉塵の向こうを見据える。 直後、白煙の中から4発のミサイルが躍り出た。 包み込む様な軌道を描き、高速でシグナムへと迫る。 『速い!』 「くっ!」 ガジェットのものとは一線を画す速度にて迫る、4発の誘導ミサイル。 人間離れした跳躍のバックステップによって距離を稼ぎつつカートリッジをロード、寸前まで引き付けてレヴァンティンを振る。 シュツルムヴェレン。 4発全弾が、シグナムに触れる事無く爆発を起こす。 しかし、此処で誤算が生じた。 「っち・・・!」 シグナムが体勢を大きく崩し、吹き飛ばされる。 爆発の威力が大き過ぎたのだ。 これもまた、ガジェットのものとは比べものにならない性能だった。 騎士甲冑の其処彼処が破れ、破片が肌を切り裂く。 その隙を突くかの様に、爆炎の中から不明機が突撃。 球状兵装のアームから眩い刀身を伸ばし、それを振り上げシグナムへと斬り掛かる。 咄嗟に上へと飛び、刃渡り10mを超える放出エネルギーの斬撃を回避。 『危ねぇっ!?』 「・・・機械風情が剣士の真似事とはな。嗤わせてくれるッ!」 下方を突き抜ける不明機へとレヴァンティンの一撃を見舞うべく、刀身を振り被るシグナム。 しかし奇妙な物が視界に入り、彼女は攻撃を戸惑う。 連続放出されるエネルギーの刀身を振り被っていた球状兵装。 それが、その場に残されていたのだ。 その先には、完全に停止した不明機の姿。 何をしている、と疑問を抱いたのも束の間、スラスター噴射により後退を掛けてきた機体後部へと、球状兵装が接続される。 そして再び、エネルギーの刀身がシグナムへと伸びた。 「何と・・・!」 驚愕するシグナム。 あろう事か、不明機は兵装を機体後部へと接続し、後退しつつ攻撃を仕掛けてきたのだ。 眩い刀身が、シグナムを貫かんと迫る。 身を捻り回避。 刀身が振り上げられ、斜め上からの斬り下ろし。 後方に距離を取り回避。 突進、逆袈裟の斬撃。 刃の軌道下方に滑り込み回避。 「ハァッ!」 渾身の力で球状兵装へと斬り付け、隙を作るシグナム。 その後方に位置する不明機を切り裂くべく、更に横薙ぎの一太刀を放たんとする。 しかし、その空間に濃緑色の機体は存在しなかった。 見れば20mほど前方に、兵装を切り離し後退した不明機の姿。 機体下部の砲身に微かな光が点る様を目にしたシグナムは、己が直感に従い全力で真横へと跳躍。 刹那の差で、その後を追う様に無数の弾痕が刻まれた。 合金製の構造物を容易く貫通する、青い燐光を纏った砲弾。 狂った様に連射されるそれを射界から逃れる事で回避しつつ、シグナムは呻いた。 「初めて見る質量兵器だな。凄まじい威力だ」 『呑気な事言ってる場合かよ! バラバラにされちまうぜ!』 アギトの言う事も尤もだ。 このままでは遠からず、あの質量兵器の直撃を受けてしまうだろう。 壁面の弾痕から威力を推察するに、掠っただけでも致命傷となりかねない。 不明機の周囲を回り込む様に移動しつつ、カートリッジを1発、装填。 状況を打破するべく、三度レヴァンティンをシュランゲフォルムへと移行する。 機首を狙い、一撃。 不明機はすかさず後退、それを回避。 しかし、それこそがシグナムの狙いだった。 「・・・掛かった」 不意に、不明機の動きが止まる。 シャランゲフォルムの刀身が、何時の間にかその前後を塞いでいた。 外れた初撃が床面で跳ね返り、機体の背後に回り込んだのだ。 不明機はスラスターを作動、側面方向へのスライドで逃れようと試みる。 「無駄だ!」 しかし、正面や後方に比べ、面積の大きい機体側面。 刀身がそれを捉えるのは容易だった。 強大な魔力の込められた一撃が機体を強かに打ち据え、不明機はスラスターの推力と併せ高速で壁面へと叩き付けられる。 シグナムの攻勢は止まらない。 レヴァンティンの斬撃、そして不明機の攻撃によって損傷した壁面・天井へと、シュランゲフォルムの刃を走らせる。 刃によって打ち据えられるや否や衝撃と共にそれらが砕け、膨大な構造物の崩落を引き起こした。 比較的広範囲の崩落に対し、不明機は為す術なく構造物の雪崩に呑まれ、埋もれる。 それを見届け、シグナムはレヴァンティンをシュベルトフォルムへと移行。 足を止め、カートリッジを装填する。 レヴァンティンの柄と鞘を連結しカートリッジをロード、ボーゲンフォルムへ。 魔力の弦を引き、矢が番えられると同時にカートリッジを2発ロード。 「翔けよ、隼!」 『Sturmfalken!』 シグナムの掛け声、そしてレヴァンティンの音声が響き、鏃に光が集束する。 その輝きが最高潮に達した瞬間、シグナムの指が弦を離れた。 衝撃波を撒き散らし、不明機の埋もれる崩落跡へと突き進む光の矢。 数瞬後、凄まじい爆発が崩落跡を呑み込んだ。 『今度こそ!』 遂に仕留めたとの確信に、アギトは歓喜の声を上げる。 しかしシグナムは尚更に表情を険しくし、シュベルトフォルムに戻ったレヴァンティンへと、三度カートリッジを装填し始めた。 アギトが、訝しげに声を発する。 『なあ、何してんだよ? あいつはもう・・・』 「爆発が早い」 『は?』 「矢は当たっていない・・・その前に爆発した。撃ち落とされたな」 装填を終え、吹き上がる爆炎を睨むシグナム。 次の瞬間、炎を振り切って現れた6mほどの球体が、彼女を襲う。 アギトが上げた驚愕の声を無視し、直線軌道で襲い来るそれを躱すシグナム。 背後からの急襲を警戒するが、その気配は無かった。 球体は壁面へと衝突、その身を減り込ませたまま静止する。 何のつもりか、と不審を抱く間も無く、高熱に揺らめく空気の向こうから耳障りな金属音が響いた。 反射的に視線を向け、シグナム、そしてアギトはその影を目にする。 『・・・何だ、アレ』 「ふん、正体を現したな」 その呟きに応える様に、それは2人の眼前へと姿を現した。 10mを優に超える影。 不明機下部に備えられていた砲身を手に、轟然と佇む濃緑色の巨人。 その背には見覚えのある巨大な2基のバーニア。 それはこの巨人が、紛れも無くあの不明機である事を示していた。 「傀儡兵もどきか。おまけに剣士ではなく銃士とは」 徐に巨人の腕が動き、砲口がシグナムを捉える。 それに返す様に、シグナムもまたレヴァンティンを構えた。 その時、シグナムは砲口へと集束する青い光に気付く。 「・・・来るぞ。恐らくエスティアを沈めたあの砲撃だ。覚悟はいいか、アギト?」 『だから一々訊くなって。いいに決まってんだろ!』 力強い返答にシグナムは笑みを浮かべ、次に巨人の姿を凛と見据える。 砲撃を躱す算段は付いていた。 発射されてから躱す事は不可能だろう。 こちらから仕掛けるより他ない。 無論、敵は即座に砲撃を放つだろう。 だがシグナムとアギトには、その前に射界外へと脱する事ができるとの確信があった。 自身への、そして自身のロードへの信頼が。 微かに膝を沈め、力を込める。 ロードカートリッジ。 レヴァンティンに炎が宿った。 少しで良い。 少しでも射線から逸れる事ができれば、勝利はこちらのものだ。 そして、彼女達は力を解き放つ。 衝撃が、本局の一画を揺さ振った。 * 大型ミサイルが宙を切り裂いて飛翔し、壁面へと接触して炸裂する。 魔力による爆発ではなく、火薬によるものでもない。 何らかのエネルギーによる複合連鎖爆発。 空間を埋め尽くさんばかりのエネルギー放射に、フェイトの姿が霞の様に揺らぎ消え失せる。 一瞬後、その場を突き抜ける3本の牙。 無数のボールが繋がった様な、青い光を放つチェーンが空間に1本の線を引き、次の瞬間にはS字型に撓んで先端の球体を引き寄せる。 その隙を突き、一筋の雷光が薄闇を切り裂いた。 プラズマランサー、単発射。 宙を翔ける閃光に、闇の中から漆黒の機体が浮かび上がる。 迫る閃光。 不明機は、スラスターによる側面方向への移動によってそれを回避。 至近距離への着弾による衝撃に機体を揺さ振られつつも、短時間ながら質量兵器を連射、閃光の飛来した方向へと反撃を行う。 その不明機キャノピーへと、何処からともなく撃ち込まれる十数発、橙色の光弾。 着弾寸前で気付いたのか、不明機は後退して回避を試みる。 しかし光弾は軌道を変更、全弾がキャノピーへと着弾。 機体同様に漆黒のキャノピー、そこに僅かな罅が入る。 更に機体上方、8つの光球とそれを取り巻く環状魔法陣が、ダクト内の天井付近に出現。 空中に浮かぶ魔法陣の上から不明機を見下ろし、フェイトはトリガーボイスを紡ぐ。 「プラズマランサー・・・」 不明機もフェイトの存在に気付いたらしい。 球状兵装が方向転換、再度彼女へと襲い掛かる。 フェイトはそれを無視し、発射態勢を維持。 その目前へと、球体が迫る。 「ファイア!」 発射コマンドを唱えバルディッシュ・アサルトを振る直前、フェイトの身体を巨大な球体が押し潰す。 同時に、8発の魔力弾が不明機「側面」より放たれた。 そこには、バルディッシュを振り抜いたフェイトの姿。 球体の通り過ぎた空間には何も無い。 嵌められた事に気付いたか、不明機後部のノズルに火が点り、急発進する。 直前まで機体のあった空間を、魔力弾が通過。 不明機は180度ターン、機首をフェイトへと向けた。 「ターン!」 しかしフェイトの声と共に魔力弾は静止、円を描いて方向を転換し、再び現れた環状魔法陣によって加速・射出される。 狙うは1箇所、闇に潜んだティアナのクロスファイアシュートによって刻まれた、キャノピーの罅。 パイロットを守る盾を奪い、そこに非殺傷設定の魔法を撃ち込んで無力化する。 それがフェイトとティアナの狙いだった。 先程のクロスファイアシュートから、ある程度は予想していたのだろう。 不明機はターン直後に、スラスターを作動させていた。 しかしその行動も、フェイトの予想を上回るものではない。 左にスライドすれば、壁面に行動を制限される。 動くとすれば右しかないのだ。 8発のプラズマランサーは其々が位置をずらし、壁となって不明機の予測進路上へと突き進む。 不明機は急激な垂直上昇を敢行、回避を試みるも内2発を躱し切れず、キャノピー後方の大きく迫り出した装甲へと被弾。 弾ける魔力光と爆炎の中、フェイトは不明機のキャノピーに一段と大きな罅が走るのを確認する。 しかし。 『フェイトさん、あれ・・・』 『うん・・・修復してる』 ティアナからの念話に答えを返しつつ、フェイトは苦々しい面持ちで不明機を睨み据える。 その視線の先では、不明機のキャノピーを走る罅に、何か液体の様なものが滲み出していた。 被弾箇所から吹き上がる炎に照らし出され白く浮かび上がった罅が、徐々に黒く染まってゆく。 十数秒もすれば、完全に罅を覆い尽くすだろう。 流石は軍用機、この程度の損傷は設計段階から予想の範囲内という事か。 と、その様を注意深く観察するフェイトの視界内で、機体から伸びるチェーンが僅かに動く。 咄嗟に背後へと跳んだ彼女の眼前に、爪を広げた球状兵装が垂直落下。 床面に激突し、破片と衝撃、轟音を周囲に撒き散らす。 「っ! くぅ・・・!」 頬を切り裂く破片、鼓膜を襲う凄まじい音に苦痛の声を洩らしつつ、フェイトは空中へと身を躍らせる。 そのすぐ下では、もう1人のフェイトが逆方向へと駆け出していた。 フェイク・シルエット。 ティアナにより生み出された魔力の幻影は、ハーケンフォームのバルディッシュを振り翳し不明機へと向かう。 ティアナの幻術魔法により敵を撹乱し、フェイトの高機動・高火力で制圧。 それでも仕留められない敵には、更にティアナのクロスミラージュによる射撃が襲い掛かる。 2人が行動を共にして1年と約半年。 それが彼女達の間で確立された戦法だった。 特にティアナの幻術・射撃魔法制御技術は成長著しく、幻影の持続時間及び同時制御可能数、弾体誘導精度及び最大同時発射可能数、共に大幅な伸びを見せ、戦闘時に於いては常に絶対的優位を保つ事を可能としている。 そこにフェイトという規格外の戦力が加わる事によって、いざ戦闘となれば大概の敵対勢力は短時間での制圧が可能であった。 フェイトは、敵の質量兵器による迎撃を警戒しつつ前進する、自身の幻影へと目をやる。 頬を伝う血液、バルディッシュの構え方、敵に接近するルートの選択。 全てが現在のフェイトをほぼ完全に模しており、フェイト本人でさえ自身がもうひとり存在するかの様な錯覚に襲われるほどであった。 2年前とは比べ物にならない成長を果たした自身の部下を空恐ろしく、しかし頼もしく思いつつ、それでも仕留め切れない現状の相手へと目をやる。 そして奇妙な光景が、フェイトの視界へと飛び込んだ。 接近する幻影に対し、不明機は何ら対処する構えを見せなかった。 球状兵装を機首へと接続し、僅かに高度を上げる。 幻影が空中へと飛び出し、振り翳されたハーケンフォームの刃がハーケンスラッシュへと移行しても、不明機は何ら反応を返さない。 それが何を意味するかは、すぐに理解できた。 『ティアナ!』 『解っています!』 幻影が消失する。 これ以上は無意味と判断し、ティアナ自らの判断によって解除されたのだ。 敵はこの短時間で幻術を解析し、目前のフェイトが幻影である事を確実に見抜いている。 魔力を持たない機械が、どうやってそれを見分けたというのか。 少なくとも次元世界の技術ではあるまい。 彼等独自の技術で以って、目前の現象を解析したのだろう。 幻影が時間を稼いでいる内に砲撃魔法を構築する、という戦法はもう使えない。 あの機体の持つ武装を前にして、撹乱によるサポートも無く足を止めるというのは、自殺行為以外の何物でもない。 かといって移動しながら放てる魔法では、火力不足は否めない。 ブラズマランサーの単発射ならば威力は申し分ないが、それでも直撃してどうにか装甲を撃ち抜けるか否か、といったところだろう。 事実、2発のプラズマランサーが着弾したというのに、装甲の一部破損、そしてキャノピーの罅程度の損傷しか与えられなかった。 そして何よりあの機体の機動性からして、大威力魔法の弾速では躱されてしまう可能性が高い。 射撃魔法の中ではかなりの弾速を誇るプラズマランサーの単発射でさえ、しかも不意を突いたにも拘らず回避されてしまったのだ。 ティアナの射撃魔法は弾速こそ問題ないものの、あの機体を相手取るには威力の面で不安が残る。 残るはバルディッシュによる近接戦闘だが、そもそも近付けるかどうか。 多少優位であった状況が、遂に崩れ去ってしまった。 何とか状況を打破しようと思考を廻らせるものの、これといった名案は浮かばない。 一転して最悪の状況下となったそこへ、更に不明機の攻撃が追い討ちを掛けた。 『フェイトさんっ!』 その警告が、フェイトを救った。 不明機へと接続された球状兵装。 その下方より黄色の光線が発せられ、兵装直下の床を焼いたのだ。 何をしているのか、と注視してしまったフェイトに飛ぶ、ティアナの警告。 咄嗟に横へと位置をずらしたフェイトのすぐ側面を薙ぎ払う様に、直線の光が下から上へと振り抜かれた。 「え・・・」 思わず声を洩らすフェイト。 直後、光線によって赤熱する痕跡を刻まれた床面・壁面・天井が、順を追う様に炎を噴き上げた。 「な・・・!」 漸く、それが光学兵器による攻撃であると理解したフェイト。 しかしその威力は、彼女の知る攻撃用レーザーとは比べ物にならないものだった。 不明機は彼女に考える時間を与えない。 更にもう一度、レーザーが空間を薙ぎ払う。 角度を変え、逆袈裟に斬り上げる様に迫る光線。 間一髪で高度を下げ、フェイトはそれを躱す。 しかしそれは同時に、ティアナが身を潜める近辺をも薙ぎ払った。 「きゃあっ!」 「ティアナ!」 至近距離で噴き上がった炎と溶鉄に、ティアナのオプティックハイドが解ける。 3度目の掃射をソニックムーブで躱し、フェイトはティアナの側へと降り立った。 「大丈夫!? 此処から逃げるよ!」 「はい!」 その瞬間、2人の頭上から凄まじい轟音が響く。 何事か、と視線を上げた彼女達の視界に、迫り来る天井が目に入った。 フェイトはティアナを抱え、再びソニックムーブを発動。 直後、2人の居た場所を大量の構造物が押し潰す。 フェイトは、そしてティアナは見た。 あの球状兵装が天井へと撃ち込まれ、合金製の構造物を喰らうその様を。 漆黒の機体とそれを繋ぐ光のチェーンが怒り狂う蛇の如くのたうち、触れたものを片端から薙ぎ払う様を。 その「大蛇」が暴れる度に天井からは大量の構造物が零れ落ち、轟音と共に床面へと突き刺さる。 フェイトとティアナは雨の様に降り注ぐ鉄片の中、押し潰されない様に逃げ回る事で精一杯だった。 それでも何とか、メンテナンス・ハッチから50m程の距離にまで辿り着く2人。 既に周囲は大量の構造物が積み上がり、不明機の姿は視認できない状態だ。 轟音と振動から、あの球状兵装が未だ破壊活動を続けている事は判るものの、最早2人に打つ手は無かった。 「応援を呼びますか!? このままじゃ動力炉が!」 「駄目! 大人数で攻めてもアレを受けたらおしまいだ!」 先の対応を話し合いつつ、メンテナンス・ハッチを目指す。 しかし次の瞬間、2人の視界を青い雷光が埋め尽くした。 「・・・!」 「・・・!?」 悲鳴すら掻き消える轟音、そして衝撃。 実に数十メートルもの距離を吹き飛ばされ、2人は金属の瓦礫の上へと叩き付けられた。 バリアジャケットによって衝撃は軽減されたものの、無数の鋭利な金属片が肌を切り裂いてゆく。 漸く身体が停止した時、2人は全身から血を流していた。 「・・・う」 「ティ・・・ティア・・・」 呻きつつも身を起こすフェイト。 ティアナを見れば、打ち所が悪かったのか、完全に気を失っていた。 周囲を見回すと、消し飛んだハッチが目に入る。 いや、ハッチだけではない。 ダクト内の壁が数百mに亘って吹き飛び、その先の隔壁ごと崩れ去っていた。 信じられない光景に、彼女は唖然とその様を眺める。 と突然、フェイトの全身を浮遊感が襲う。 彼女は考えるよりも早く、ティアナの身体を抱えていた。 直後、足下の瓦礫が消える。 崩落だ、と気付いた時には、一帯の人工重力が解除されていた。 足下に空いた空間から、艦内の緊急アナウンスが響く。 『緊急事態。B5区画にてA級崩落発生。被害拡大を防ぐ為、一帯の人工重力を解除します。緊急事態・・・』 眩い光がダクト内を照らす。 記憶が確かならば、この下は非常用の物資貯蔵庫だった筈だ。 場所が場所なだけにそれほど人は居ないだろうが、それでも0ではあるまい。 上手く避難してくれていれば良いが。 そんな事を考えつつ、ティアナを安全な場所に下ろそうと降下を始めたフェイトの背後から、不気味な空気の振動が響き始めた。 耳鳴りにより機能しない聴覚の代わりに、全身の感覚でそれを感じ取った彼女は、咄嗟に背後へと振り向く。 その眼前に、漆黒の機体が浮かんでいた。 「あ・・・あ・・・」 驚愕に表情を強張らせ、フェイトは悟る。 この振動は、目前の機体が立てる轟音なのだと。 先程の青い光、そして衝撃は、エスティアを沈めたものと同じか、それに準ずる攻撃だったのだと。 凍り付くフェイトの眼前、不明機は球状兵装を呼び寄せる。 ゆっくりと近付くそれを前に、フェイトはこの機体が「観察」を行っているのだと理解した。 自らが敵対しているのはどんな存在か、情報を集めているのだ。 では、その次に来るのは何か。 友好か、敵対か。 答えは直に示された。 球状兵装の直下に点った、黄色の光によって。 フェイトは三度ソニックムーブを発動し、レーザーを躱す。 しかし、同時に発射された大型ミサイルの炸裂による余波に巻き込まれ、ティアナもろとも吹き飛ばされた。 「うああぁッ!」 下方へと吹き飛ばされ、連なる貯蔵棚を薙ぎ倒しながら墜落するフェイト。 不明機は更にレーザーを照射、ティアナを抱え必死に離脱を図る彼女を執拗に狙う。 その掃射をも躱したフェイトは隣接する区画へと続く通路に逃げ込もうとするが、それよりも射出された球状兵装が通路を押し潰す方が早かった。 「・・・ッ!」 もう、逃げ道は無かった。 反対側の通路は不明機の後だ。 半ば絶望の表情を浮かべ、背後へと振り返る。 その視界に、ひとつの人影が映り込んだ。 不明機の後方、何時の間にか空中に現れ、佇むその人物。 不明機もそれに気付いたのか、焦燥の滲む機動で前進と方向転換を図る。 そして、見間違いではないのか、と自身の目を疑うフェイトの、漸く本来の機能を取り戻し始めた耳に、その声は届いた。 「チェーンバインドッ!」 翡翠色の鎖が、幾重にも不明機を拘束する。 余程フェイトに気を取られていたのだろう。 回頭も間に合わず、襲い来る鎖を躱す事もできず、完全に拘束される不明機。 その光景を前に、フェイトは叫んだ。 「どうして・・・どうして此処に? ユーノッ!」 声の先には、医療区に居る筈の幼馴染、ユーノ・スクライアの姿があった。 その彼の服装、左脚の部位には赤い血が滲み、裾からは血の雫が滴っている。 病室から無理に抜け出してきたのは明らかだった。 「援護に来れる人手が無くてね! 君達の状態を知って、艦内を転移してきた! 今の内に、早く!」 「何て無茶を!」 「早く! 予想以上だ、長くは保たない!」 その声と頭上の轟音に不明機へと視線を向ければ、ノズルから凄まじい炎を噴き出しつつ離脱を図る不明機の姿。 球状兵装自体を取り巻いたバインドは何故か分解してしまったものの、そこから伸びるチェーンを拘束され、結果として不明機は球状兵装のコントロールを封じられていた。 ミサイルも同様に、やはり射出口をバインドによって塞がれ、放つ事ができない様子だ。 しかし、狂った様に噴射を繰り返す各部位のスラスターと、業火を吐き出し続けるメインノズル、それらの生み出す推力によって、バインドは今にも千切れそうだ。 寧ろこれだけの力が加わっても拘束を保っている、バインドの強度に驚かされる。 ユーノが作り出してくれた、この好機を無駄にする訳にはいかない。 フェイトはティアナを床へと下ろし、バルディッシュを構える。 バルディッシュをザンバーフォームへ、ロードカートリッジ3発。 足下に拡がる金色の魔法陣。 バインドに拘束されながらも、何とか離脱を図ろうとする漆黒の機体を見据え、呟く。 「危険な力・・・」 バルディッシュを振り被り、キャノピーと機体後部の境へと狙いを付ける。 その位置で切り落とせば、パイロットが爆発に巻き込まれる事態は避けられると踏んだのだ。 柄を握る指に力を込め、叫ぶ。 「此処で、断ちます!」 振り下ろされる刃先。 2m前後の刀身が、一瞬にして100mを優に超える巨人剣へと伸長した。 ジェットザンバー。 金色の刃が、不明機を切り裂かんと迫る。 そして、遂にその刀身が機体を捉えようとした、その瞬間。 雷鳴と共に、不明機から青い閃光が迸った。 「・・・!」 稲妻だ。 強力な稲妻が不明機より発せられ、バインドを打ち砕いた。 一瞬にして後退し、間一髪でジェットザンバーの刃を回避する。 振り抜かれた金色の刀身は、青い光を放つチェーンを断ち切るに留まった。 「しまった!」 攻撃が躱された事を理解すると同時、すかさずユーノがバインドを放つ。 しかし今度はその全てを回避されてしまう。 不明機は上昇、逃走を図る。 ユーノは危険を承知でフェイトの側へと飛び、その腕を握った。 「中央区に転送するよ、君はランスターさんを!」 「駄目だよ! あの機体を逃がす訳には!」 「そんな身体で何を言っているんだ! 一度、態勢を立て直さないと・・・」 その時、奇妙な音が2人の鼓膜を打った。 金属の拉げる様な、分厚い鉄板を貫通する様な音。 不明機が戻ってきたのか、と焦燥と共に見上げた視線の先で。 不明機が、球状兵装に「喰われて」いた。 「・・・なに?」 「あれは・・・」 機体の左側面へと喰らい付き、装甲を押し潰してゆく球状兵装。 不明機は球体を周囲の壁に押し付けたまま周囲を飛び回り、何とかそれを引き剥がそうとしている。 その行為が漸く実を結び兵装が機体を離れた時、不明機左側面の装甲は殆どが剥ぎ取られ、無残にも破壊された内部機構を晒していた。 すぐさま回頭し、球状兵装へと機首を向ける不明機。 まるで「敵」に相対するかの様なその振る舞いが、事態の異常性を示している。 しかし、球体が不明機を襲う事はなかった。 球体はその下方、新たな「獲物」へと狙いを定め、その3本の爪を以って襲い掛かる。 その獲物、呆然と球体を見上げる2体と、意識を失った1体、計3体の小さな「被捕食者」。 フェイト・T・ハラオウン。 ユーノ・スクライア。 ティアナ・ランスター。 新たな3体の「餌」目掛け、赤い光を纏う球体、青き戒めの鎖より解き放たれた「捕食者」が襲い掛かった。
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R-TYPE TACTICS II -Operation BITTER CHOCOLATE- 機種:PSP 作曲者:岩井由紀 開発元:アイレムソフトウェアエンジニアリング 発売元:アイレムソフトウェアエンジニアリング 発売年:2009 概要 『R-TYPE TACTICS』の続編。アイレム発売のR-TPYEシリーズとしては最後の作品となる。 前作の「地球連合軍」と「バイド軍」に加え「グランゼーラ革命軍」という第3勢力が登場した。 音楽は前作と同様に岩井由紀氏が担当。初代『R-TYPE』のアレンジが使われているなどファンサービスも欠かしていない。 エンディングテーマである「Csomos」は元はUSPの飯田舞氏の持ち歌である「手のひら」が原曲。 サントラは2021年4月29日に発売された「R-TYPE ORIGINAL SOUND BOX」に収録。 「手のひら」は飯田氏のアルバム「ふたりの空」に収録されている。 収録曲(サウンドトラック順) 曲名 作・編曲者 補足 順位 凌駕 岩井由紀 漸近 耽々 混濁空間 突破 掃討 整然 終局 衝動 破壊旋律 作:石崎正人編:岩井由紀 『R-TYPE』の「BATTLE THEME(ステージ1)」のアレンジ 定義不能 『R-TYPE』の「BOSS THEME(ドプケラドプス戦)」のアレンジ 巨影接近 『R-TYPE』の「BATTLE PRESSURE(グリーン・インフェルノ戦)」のアレンジ Cosmos 作:飯田舞編:東大黒編:海老原博 エンディングテーマスキャット:haruka サウンドトラック R-TYPE ORIGINAL SOUND BOX ふたりの空 飯田舞氏のアルバム。「手のひら(Cosmosの原曲)」が収録。
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振動。 出撃シークエンスの起動を告げる機械音声と共に、重力偏向カタパルトへと機体の運搬が開始される。 機体下部の磁力固定装置もそのままに、パイロット・インターフェースを通じて視界内へと直接投射される外部映像が、全体的に上方へと移動。 オートリフトが下降を始め、然して間を置かずに水平移動へと移行した。 リフトには機体の物理的固定を行う機構も搭載されてはいるのだが、出撃シークエンス時には磁力固定のみを用いるのが慣例となっている。 正規のシークエンスでは、リフトがカタパルト内に到達・停止した時点で両固定装置が解除される事となっているのだが、実際には各艦独自にプログラムの改変が為され、物理固定装置のみがパイロット・インターフェースの接続と同時に解除されるよう再設定されていた。 これはパイロット達の要請を他の乗組員達が受け入れた事により実現されたものであり、今では司令部ですら黙認せざるを得ない不文律と化している。 出撃シークエンス実行時に於ける、敵性体からの攻撃。 それによって致命的な損傷を受け艦の動力が停止、若しくはバイド汚染体による艦体への侵蝕が開始された場合、艦内に固定されたままのR戦闘機群は、脱出すら不能なまま艦と運命を共にする事となる。 跡形も無く吹き飛ぶのならば未だしも、R戦闘機群が汚染されバイドと化すなど、悪夢以外の何ものでもない。 よってパイロット達は、物理固定を解除しての出撃シークエンス実行を要求した。 磁力固定の場合、物理固定とは異なり、非常時には強制的にシステムが解除される。 つまりR戦闘機群は、艦内にてその束縛を解かれる事となるのだ。 その後にパイロット達がする事はひとつ。 「脱出」である。 R戦闘機群は艦体を内部より破壊し、外部空間へと脱出する。 宛ら内部捕食性寄生体の如く、宿主たる艦の外殻を食い破り、その生命を奪いつつ自らを襲う脅威から逃れるのだ。 無論、そんな事を実行すれば艦内の人間は全滅するであろうし、非常用固有動力にて稼動しているであろう各種センサーが艦体の損傷拡大を察知すれば、汚染を避ける為に非常処理プログラムを発動させるだろう。 艦内に存在する全ての核弾頭が強制介入により起爆シークエンスを発動させ、20秒後には人工の恒星が誕生する事となる。 パイロット達は独自の判断で、核爆発の範囲外へと離脱を図るのだ。 自爆行動に核を用いるのは、とある艦載兵器を確実に破壊する為である。 「次元消去弾頭」。 単発にて恒星系に匹敵する極広域空間消滅を引き起こし、小規模異層次元ならば数百発、極大規模異層次元であっても数千発を一斉起爆させれば、当該次元そのものを完全に消滅させる事すら可能とする、対異層次元汚染空間破壊用戦略兵器。 22世紀の地球人類が生み出した、バイドに次ぐといっても過言ではない、最悪の大量破壊兵器。 当然ながら、バイドはこの兵器の存在のみならず、その技術理論すら把握しているだろう。 26世紀に於いて、バイドそのものを異層次元の果てへと放逐した兵器こそ、この次元消去弾頭なのだから。 しかし22世紀の地球では、既に完成されていたこの兵器理論に対し、更にR戦闘機群の開発途上にて得られた数々の技術を導入。 結果としてこの兵器体系は、高位空間構造の破壊による対象の異層次元への強制転送のみならず、空間そのものの破壊による対象の完全消滅を可能とするに到った。 その結果に、軍は狂喜したものだ。 新型弾頭はすぐさま実戦運用され、バイド汚染星系を丸ごと消去するという、当初の想定を上回る戦果を齎した。 終わりの見えない対バイド戦線に僅かな希望を見出した軍は、汚染の確認されている複数の異層次元に対し、計27000発もの次元消去弾頭を投入、それらの空間を跡形もなく消滅させる事に成功。 しかし此処にきて、複数の異層次元の消滅による広域空間汚染を隠蔽、意図的に無視していた代償が回ってくる事となる。 各異層次元の位相特定不能、太陽系を含む通常空間内に於ける航法すら覚束ないまでの多重空間歪曲同時乱発生。 カイパーベルト内資源採掘コロニーを目指す輸送船団は木星重力圏内へと偶発転送され地表へ衝突し、M45・プレアデス星団域中継ステーションは至近距離に転送された恒星中心核により蒸発。 太陽と地球のラグランジュポイント・L1に存在したリヒトシュタイン都市群は、都市を構成する14基のコロニー全てが突如として発生した空間歪曲により異層次元へと取り込まれ、内6基・9000万もの住民及び防衛艦隊がバイド汚染、 2年後に第8異層次元航行艦隊により発見・殲滅される事態となった。 極め付けは、第3深宇宙遠征艦隊がM33にて使用した2発の次元消去弾頭の内1発が、空間歪曲により地球と月のラグランジュポイント・L4へと転送された事件だ。 227基のコロニー群から僅か2000kmの地点に出現した、既に起爆シークエンスを起動した次元消去弾頭。 出現から7分後、弾頭はR-9Dの小隊による地球軌道上からの波動砲一斉射により破壊され事なきを得たが、この事件が地球文明圏に与えた衝撃は大きかった。 すぐさま弾頭の使用を規制する法令が組まれ、しかし艦隊司令に於いては独自の判断に基づく使用を許可するとの決定が下されるに至る。 以降、弾頭使用時には、入念な調査とシミュレーションが義務付けられる事となった。 第19世代量子コンピューター8基を用いてなお、完了までに15分もの時間を要する程の、桁外れの情報量でのシミュレートを行うのだ。 空間消滅の余波が他の異層次元へと及ぼす影響を徹底的に洗い出し、太陽系を含むオリオン腕への空間汚染が発生しないと確認された時点で初めて、弾頭起爆シークエンスが起動可能となる。 それ程までに危険で、正に破滅的としか云い様のない兵器が、新たに22世紀の地球が生み出した次元消去弾頭であった。 しかし弾頭の実用化から3年後、第三次バイドミッション終了直後に、とある事実が発覚する。 次元消去弾頭は、バイドに対し有効たり得ない。 31もの星系を破壊し、50を超える異層次元を消滅させた結果として導き出された答えが、それだった。 考えてみれば当然の事だ。 26世紀の地球は既に次元消去弾頭を開発していたにも拘らず、何故バイドという惑星級星系内生態系破壊兵器を創造したのか? 銀河系中心域に確認された、明らかに敵意を持った外宇宙生命体との接触に備えて建造されたという事実は、回収されたバイド体を調査する中で判明していた。 しかし何故、彼等はその「敵」に対し、次元消去弾頭を用いなかったのか? その答えは、異層次元にて大量に拿捕された、26世紀の地球に於ける汎用巡洋艦「マッキャロン級」管制のログから判明した。 彼等は「使わなかった」のではなく、「使えなかった」のだ。 地球人類は外宇宙の脅威に対してではなく、同文明圏内での国家間戦争に於いて、無数の異層次元に亘り数十万発もの次元消去弾頭を使用、既に取り返しが付かないまでの空間汚染を引き起こしていた。 それこそ最早、たった1発の次元消去弾頭の使用で、銀河系を含む通常空間全域が崩壊するまでに。 22世紀と同様、炸裂時に発生する空間汚染を意図的に無視し、無思慮に使用を続けた結果がそれだった。 だからこそ彼等は、次元消去弾頭に代わる局地限定殲滅兵器を必要としたのだ。 それだけ大々的に弾頭を使用すれば、当然ながら「敵」もそれを観測し、同等の兵器を開発・配備していたであろう。 即ちバイドには建造当初から、対次元消滅回避機能が搭載されていた。 26世紀に於いては、80時間にも亘る核兵器及び波動兵器の波状攻撃を受け、機能基幹部に障害が生じた際を狙っての次元消去弾頭使用により、強制的に空間歪曲の彼方へと葬られたが、正常であれば大規模空間変動を感知した時点で他の異層次元へと空間跳躍を実行していた筈だ。 22世紀に於いて開発された次元消去弾頭は、26世紀のそれと比較し更に破滅的なものと化しているが、それでも数度の使用を経て解析され、新たに対処機能が備わっている事は間違いない。 次元消去弾頭は、汚染空間の破壊については極めて有効であるが、異層次元航行能力を持つバイド体そのものを排除するには、余りに相性の悪い兵器だった。 それはR戦闘機を初めとする、異層次元間移動を容易に実行する兵器群に対しても同様であり、それらに対する弾頭の使用が為されたとして、他の異層次元への退避、または弾頭そのものの破壊など、容易に対処される事は明らかである。 昨今の対バイドミッションに於ける地球文明圏及びバイド、両勢力にて運用される兵器体系のほぼ全てが異層次元航行能力を備えている事もあり、次元消去弾頭の戦略的価値は益々低下する一方であった。 しかし極広域空間破壊という、対バイド汚染生態系ミッションに於いてはこれ以上ない程に適した特性を有する事もあり、当然ながら軍がその技術を手放す事を良しとする筈もない。 結局、汚染生態系の完全破壊を目的とし、各艦隊は弾頭の独自運用権を与えられるに至った。 R戦闘機群により敵主力及び大規模汚染生命体を殲滅し、後に次元消去弾頭により作戦領域そのものを消滅させる。 それが現在の対バイド戦線に於ける基本戦略であり、事実、第三次バイドミッション「THIRD LIGHTNING」終了直後、最終作戦領域となった電界25次元に対し軍は40発の次元消去弾頭を投入、当該次元を完全に破壊した。 異層次元航行能力を持たない大多数の汚染生命体、そして汚染状況下に於いて形成された特異環境に対する殲滅・破壊行動に当たって次元消去弾頭は、最大の効率で以って最大の戦果を上げる事のできる、最良の兵器としての地位を確固たるものとしているのだ。 因みに、バイド殲滅の為とはいえ、深刻な空間汚染状況下に於いて次元消去弾頭を使用した26世紀の地球文明圏が如何なる結末を迎えたのかについては、未だ明らかになってはいない。 否、判明しているのかもしれないが、少なくとも公表されてはいないのだ。 真相がどうであれ、バイド消失から2週間後のログを最後に、26世紀に於ける地球文明圏についての記録は途絶えている。 それ以降のログを持つ存在が回収されたという記録は、一切存在しない。 「敵」が確認されたという銀河系中心域についても調査が為されたが、汚染された26世紀の地球軍艦隊とバイド生命体以外には、特にこれといった発見も無かった。 既にバイドによって侵蝕されたのか、それとも初めから何も無かったのか。 真相は、今や闇の中である。 そして皮肉な事に、地球文明圏の殲滅を目的とするバイドが、解析した技術理論で以って次元消去弾頭を製造・使用する事は、決してない。 空間汚染を回避しつつ「敵」を殲滅せんが為に建造された生態兵器は、自身が極広域空間汚染を用いての侵蝕・殲滅を実行する存在と化した今なお、自己戦略に基づく次元消去弾頭の使用が「バイド」という兵器の存在意義を脅かすものとする、 26世紀に於いて基幹部へと組み込まれたプログラムを打破できずにいるのだ。 それは22世紀の地球にとっては幸運な事であったが、しかし何時破られるとも知れない制約であった。 よって、軍はバイドによる弾頭の奪取を防ぐ為、各艦艇に非常処理プログラムの搭載を義務付けたのだ。 近隣、または同一異層次元内に於ける、救援可能な友軍艦艇の不在。 艦艇指揮官による非常プログラム実行許可。 シミュレーションに於ける、状況離脱可能率15%未満。 その他、複数の条件が満たされた状況下に於いて、非常処理プログラムは核弾頭のシステムへと強制介入、起爆シークエンスを起動。 艦体汚染状況下ではプロセスは更に簡略化され、侵蝕率が40%を上回るか、動力炉もしくは中枢防御ラインへの侵蝕域到達を以って、弾頭の即時起爆を実行する。 そしてその際、艦艇内に存在するR戦闘機群は艦体を破壊し、独自に脱出を図るのだ。 この非情とも云える決定に対し、異議を唱える声はごく僅かだった。 それすらも外部の人間より発せられたものであり、軍内部からの反発は皆無。 当事者たる艦艇乗組員ですら、当然の決定として非常プログラムの搭載、そしてパイロット達の要請を受け入れた。 彼等にしてみれば、バイドとの交戦状況下に於いて艦を失うという事態はそのまま、自らの生存が絶望的なものとなる事を意味しているのだ。 脱出艇に乗り込もうが、最小限の武装しか搭載していない小型艇では、異層次元での生存確率は極めて低い。 それどころか、艦体汚染状況下であれば脱出自体が不可能であるか、そうでなくとも脱出直後に汚染される可能性が非常に高い。 どのみちR戦闘機だけでも脱出させる事が、当該状況下に於いて最も合理的な選択なのだ。 反発する理由など、何処にもありはしない。 尤も、非常処理プログラムの実行、そしてR戦闘機群による脱出行動を上回る速度にて侵蝕が進む例も多く、既に20を超える艦艇の完全な汚染が観測されている。 結局はこの決定も、遅きに失した対策であった。 『558、559、出撃完了。608、609、第4カタパルト到達』 『609、聴こえるか』 オペレーターから通信。 パイロット・インターフェースを通じて投影される複数のウィンドウを閉じ、彼は肉声で以って答えを返す。 「こちら609、感度良好」 『609、パイロット・インターフェースに異常は無いか?』 彼の視界の端に一瞬、赤い光が点った。 オートチェック・プログラム。 1秒にも満たない内に消えたそのウィンドウに表示された情報を、彼の脳は完全に読み取っている。 「問題ない、オールグリーン」 『609、その機体は以前のものとは違い、パイロットに対し処理面での多大な負担を掛ける。繰り返すが、ドースが80%を超え次第、B-303回路を遮断しろ』 「了解」 視界が開けると同時、機体は遥か前方へと延びる重力偏向カタパルトの内部にあった。 青い光を放ちつつ点滅を繰り返す無数の誘導灯が、機体を射出口の先に拡がる空間へと誘う。 『なお、出撃と同時、貴機は609のコールサインを解かれ、正式に単独遊撃機としてのコールサインを与えられる。任務を復唱せよ』 「惑星級人工天体内部に侵入、第88民間旅客輸送船団及び資源採掘コロニー「LV-220」までの侵入経路を確保。機動強襲連隊の侵入を以ってヨトゥンヘイム級「アロス・コン・レチェ」の座標特定及び次元消去弾頭の捜索・破壊へと移行」 『確認した。609、スタンバイ』 視界内に変化なし。 しかし機体後方より重力が加わり、ウィンドウの表示が次々に赤く染まる。 キャノピー内に外部からの力学的影響が伝わる事はないが、インターフェースを通じて機体と一体化していると云っても過言ではないパイロットにとっては、背後から突き飛ばされるかの様な不快感だ。 前回の出撃時に大破した愛機に代わり、新たに与えられた「R」。 数少ない生産機数の内1機がこの艦隊に配備されていたのは、正に奇遇としかいい様がない。 任務の傍らに実戦データを収集するべく配備されたのであろうが、元々「TEAM R-TYPE」に対し協力的とはいえないこの艦隊の事。 実際に運用される事もなく、長らくハンガーの一画を占有しているだけであった。 しかし、機体を失った彼が新たな乗機を求めた際、使用可能な機体はそれ以外に存在しなかった。 愛機の正当な後継機に当たる機体であるとは聞き及んでいたものの、碌にデータの蓄積も行われていない新型機で以って戦場へと舞い戻るのは気が進まなかったが、他に選択肢はない。 渋々ながら習熟訓練を開始し、しかし数日後にはその異常な性能に愕然としたものだ。 あらゆる面での性能が嘗ての愛機を凌駕し、しかもフォースまでが、それまでの常識では考えられないまでの総合性能を有していた。 通常の設計思想では有り得ない、良く言えば斬新、悪く言えば非常識な機体。 単独殲滅戦以外の用途など、とてもではないが考えられない過剰性能。 周囲の被害を顧みる事なく、只管に純粋な破壊のみを目的とした狂気の存在。 数度の実戦を経て、パイロットたる彼が下した評価は「正気じゃない」。 R戦闘機に対する評価としては、最大級の賛辞だった。 『609、射出』 「GO」との表示と共に、機体が爆発的な加速を開始する。 数瞬後、視界がカタパルトを後方へと置き去りにし、新たに通常宇宙空間にも似た隔離空間内の天体を映し出した。 メインノズル点火。 爆発的な推進力を得て、漆黒の機体が更に加速する。 進路変更。 木星の8倍以上の規模を持つ人工天体、地球文明圏・管理世界の両勢力艦艇及び、無数の巨大施設の残骸が集合して形成された、隔離空間内に浮かぶ鋼鉄の墓場。 無数の救難信号を発するそれらの中には、管理世界への侵入直前に消息を絶った第88民間旅客輸送船団と、メインベルトにて消失した資源採掘コロニー「LV-220」、木製軌道上にて消息を絶ったヨトゥンヘイム級異層次元航行戦艦「アロス・コン・レチェ」も含まれていた。 本来ならば核攻撃により纏めて殲滅したいところなのだが、万が一にも生存者が存在する可能性を無視する訳にもいかず、R戦闘機群による強行偵察及び侵入経路の確保を実行する事となったのだ。 そして生存者が確認されれば、後は機動強襲連隊の役目である。 閉鎖空間での戦闘に特化した彼等が生存者の救助に当たり、要救助者の確保、または全滅の確認を以って、R戦闘機群はアロス・コン・レチェの捜索・破壊任務へと移行。 彼はその先鋒として、他の数機と共に人工天体内部へと侵入するのだ。 『警告。隔離空間外縁部、時空管理局艦隊接近。総数204』 『ロック・ローモンドより全機、浅異層次元潜行開始。管理局艦隊との接触は避けろ』 艦隊からの警告。 すぐさま機体を浅異層次元へと潜行させ、管理局艦艇のセンサー網を回避する。 潜行開始の一瞬、キャノピー外の光景が揺らぐが、間を置かずにシステムが揺らぎを修正、視界が正常化された。 機体は空間位相をずらし、通常異層次元空間からの探知は不可能となる。 正確には、異層次元航行能力を持つ存在ならば探知は容易なのだが、管理局艦艇が有する技術は同一異層次元内での通常航行能力のみ。 こちらから彼等を探知する事は可能だが、彼等がこちらを探知する術はない。 隔離空間へと接近する管理局艦隊の表示を眺めつつ、彼は魔導師と呼称される存在、その中でも特定の人物についての思考へと沈む。 管理局によって拘束されたパイロット達より齎された情報、その中から判明した3人の名前。 フェイト・T・ハラオウン。 ティアナ・ランスター。 ユーノ・スクライア。 彼の愛機と交戦し、これを大破せしめた3人。 意図的ではないにしろフォースを暴走させ、結果として「デルタ・ウェポン」によるドース解放を行わざるを得ない状況へと追い込んだ、魔導師と呼称される先天的特殊能力保有者達。 できる事ならば、二度と遭遇したくはない。 デコイ・ユニット顔負けの幻影を意のままに操る少女、R戦闘機を空間固定せしめる程の強度を誇る魔力鎖を自在に発生させる青年。 そして何より、大威力の砲撃と拘束誘導操作弾を乱発する、あの女性の姿を模った「人工生命体」。 情報によれば「あれ」は、遠距離に於いては雷撃を操作し、中距離に於いては高機動射撃戦を展開し、近距離に於いては大鎌の形態を取る固有武装を以って格闘戦を行う、正しくマルチロール・ファイターとも呼ぶべき「性能」を有しているという。 艦内では、その漆黒に近い濃紺青の服装も相俟って、嘗ての愛機を人型にした様なものだと言われた。 正しく同感だが、だからといってもう一度会いたいかと問われれば、答えは否だ。 態々、好き好んでそんな物騒な存在と戦り合う馬鹿は居ない。 警報。 目標天体まで30秒。 インターフェースを通じ、彼は周囲の汚染係数を確認する。 「15.28」。 明らかな異常値だ。 考えたくはない事態だが、やはりこの天体内部にバイド中枢が存在するのだろうか? 僅かな諦観を含みつつ、彼は艦隊へと目標到達を告げる。 新たな機体識別名称、そして2度目の使用と共に正式なものとなった、自身のコールサインと共に。 「「R-13B CHARON」、コールサイン「ベートーヴェン」、目標到達。侵入を開始する」 * * 「艦体外部圧力上昇、空間歪曲境界面突破まで20秒」 「バイド汚染係数、なおも増大中・・・魔力炉心への干渉なし。「AC-51Η」、魔力増幅中。システム内バイド係数、1.72」 ブリッジクルーからの報告を耳にしつつ、クロノは火器管制機構へと鍵を差し込む。 実体化した立方型プログラムが赤く染まり、戦略魔導砲アルカンシェルの発射準備が整った事を示した。 「境界面突破まで10秒」 「総員、衝撃に備えろ」 クロノの指示が飛んだ数秒後、艦体を僅かな衝撃が揺さ振る。 瞬間、暗黒に包まれていた外部映像が恒星の眩い光に覆われ、恒星を除く41の自然天体と1つの人工天体が、各種センサーへと捉えられた。 連絡を絶った各管理世界、そして無数の人口建造物により形成された不明天体だ。 「空間歪曲面突破。全艦艇、隔離空間内に侵攻」 「増速、第4戦速。各支局艦艇の目標点到達は?」 「各支局艦艇、目標点到達まで170秒」 管理局史上、類を見ない大規模艦隊行動。 総数204隻もの次元航行艦艇による、単一目標に対する一大攻勢作戦。 その第一段階が、魔力増幅機構による出力強化を以って実行される、各被災世界への長距離転送だった。 送り込まれるのは、4000名を超える魔導師により編制された攻撃隊。 彼等は500名ずつ、同時に8箇所の被災世界へと転送される。 主に人口密集地を中心に生存者の捜索を行い、捜索後は転送ポートが使用可能ならば、目標座標を支局艦艇に設定、脱出。 ポートが機能しなければ、艦艇による回収を待つ事となる。 これを繰り返し、41の世界に存在する生存者の救助を終えた後、バイド中枢の捜索・鎮圧・確保へと移行するのだ。 その間、他の艦艇は汚染艦隊を相手取り、大規模艦隊戦を繰り広げる事となる。 艦艇用大型魔力増幅機構「AC-51Η」による魔力炉心出力増大により、アルカンシェル本来の設計時想定運用が実行可能となった事を受けての決定である。 「支局艦艇、目標点到達。転送開始まで120秒」 8隻の支局艦艇、巨大な花弁の様なそれらが前進を止め、周囲に高出力防御結界を展開。 艦内より攻撃隊の長距離転送を行うべく、炉心出力の全てを防御結界と転送魔法機構へと回しているのだ。 攻撃隊には、旧機動六課の面々も含まれている。 現在も生死の境を彷徨い続けるシグナム、そして第61管理世界にて消息が絶たれたままのエリオとキャロ、以上3名を除く隊長陣及びフォワード勢が、自らの意志により攻撃隊へと志願したのだ。 更には、破壊されたクラナガン西部区画、今では「第9・第10廃棄都市区画」と呼称されるその地での救助活動による功績を認められたナンバーズの面々が、やはり自らの意志で以って攻撃隊へと志願。 上層部としても、もはや出し惜しみをしている状況ではないと判断、彼女達の志願を受理した。 これが通常の任務であれば彼女達だけでも過剰戦力であろうが、今回の攻勢作戦に於いてはAランクオーバー1384名、Sランクオーバー53名と、異常極まる戦力が投入されている。 未だバイドが如何ほどの敵か判然とはしていない事、そして何よりR戦闘機群との交戦状態に陥る事態を想定しての判断だろう。 旧機動六課勢及びナンバーズの初期転送目標は、フェイトとティアナ、ヴァイスとディエチが第61管理世界、なのはとスバル、ギンガとノーヴェが第75管理世界、はやてとヴォルケンリッターが第122管理世界、残るナンバーズが第164観測指定世界となっている。 第61管理世界はその特異性の高い生態系から、優先的な救助活動及び汚染調査が必要とされ、他の世界に関しては人口が多い事から、残る4箇所の世界よりも優先的に高ランクの魔導師が多数配備されていた。 やがて、各支局艦艇より通信が入る。 攻撃隊は転送の準備が整い、後はプログラムの発動を待つばかりとの事だ。 安堵に微かな息を吐き、クロノは火器管制機構に差し込んだままの鍵から手を離した。 攻撃隊転送までの時間表示が、刻々とその数値を減らしゆく。 そのウィンドウを見やるクロノの耳に、奇妙な声が飛び込んだ。 「・・・何、これ?」 この場にそぐわない、小さな呟き。 ブリッジクルーの1人へと目を向けたクロノは、奇妙な光景を目にした。 通信担当のその女性は呆けた様な表情で、自らの手にある清涼飲料の入ったボトルを眺めているのである。 「どうした?」 「あ・・・艦長、これ・・・」 何事かと声を掛けたクロノに向かって、彼女は困惑した様にボトルを掲げてみせた。 その透明な容器は、半透明の液体によって半ばまで満たされている。 何を言っているのかと眉を顰めたのも束の間の事、クロノはすぐさまその異常性に気付き、瞠目した。 「水面が・・・!」 ボトル内部の水面が、艦の進行方向へと偏り、「傾いて」いた。 「回避行動、急げ!」 咄嗟に指示を下すクロノ。 その声も終わらぬ内、支局艦艇からの警告と共に複数の艦艇が回避行動を開始する。 直後、凄まじい衝撃がクラウディアを襲った。 巨大な見えざる鈍器によって殴打されたかの様なそれ。 クルーの悲鳴、そして警報音がブリッジを満たす。 艦長席から投げ出されそうになりながらも、クロノは鋭く声を発した。 「報告!」 「前方、空間歪曲反応多数! 揺らぎが大きく、精確な検出は不能!」 「先程の衝撃は!?」 「艦体に損傷なし。これといった攻撃は・・・」 軽く、それでいて空間に響き亘る音。 報告の声が止まる。 誰もが呆然と音の発生源を見つめ、その光景に意識を凍り付かせていた。 彼等の視線の先には、持ち主の手元から離れ落ち、今も内部の飲料を零し続けるボトル。 それだけならば、特に問題はない。 しかし異常なのは、ボトルの落ちている位置だ。 ブリッジクルーが座する位置から、実に5mほど前方。 クルーの持ち場とブリッジドームの最前部、そのほぼ中間にボトルが転がり、中身の清涼飲料を零し続けていた。 その零れた飲料もまた、ドーム前部へと引き寄せられるかの様に流れてゆく。 クロノの背筋に、冷たいものが走った。 「・・・まさか!」 瞬間、ボトルが音を立てて転がり出し、ドーム最前部の壁へとぶつかり跳ね返る。 同時にまたも艦体を衝撃が襲い、一同は体勢を崩した。 そして彼等は、状況が更なる悪化を始めている事実に気付く。 「・・・僕等もかッ!」 再度、悲鳴が上がった。 コンソールに両の手を着き、前方へと投げ出されそうになる身体を寸でのところで押し留めるクロノ。 それは他のクルーも同様であり、自らの担当であるコンソールへと寄り掛かる様にして、「落下」しそうになる身体を必死に押さえ込んでいた。 ハードコピーやその他の細々とした物が前方へと落下してゆき、巨大な空間ウィンドウを突き抜けて、外部映像が投射されたドーム内面へと叩き付けられる。 XV級のブリッジドームはL級と比較してかなり広大に造られているのだが、現状に於いてはそれが仇となってしまっていた。 ドーム最前部より、クルーのコンソールまで約10m、艦長席までは約30mである。 重力が前方へと偏向している現状でコンソールより落下すれば、魔導師であるクロノはともかく、クルーはほぼ確実に死傷するだろう。 しかし一体、この現象は何事なのか? 「艦長! 前方3400に反応! 高速移動体、接近中!」 そんな中、不自由な体勢にも拘らずコンソールの操作を続けていたクルーが、先程以上の緊迫した声で以って叫んだ。 クロノは瞬時に艦長席のコンソールを操作、新たにウィンドウを展開する。 外部映像、拡大解析。 クラウディアの遥か前方、隔離空間内の闇に、奇怪な影が浮かび上がる。 「・・・何だ、あれは?」 それは、言葉で表現するのなれば、「カプセル」としか云い様がなかった。 全長40m程の、巨大な卵型の物体。 一見してかなりの重装甲と分かる表層部には、まるで脈動の如く赤い光が明滅を繰り返している。 鈍色の外殻装甲、細部の構造から見ても明らかな人工物ではあるのだが、少なくとも外観からは武装を確認する事はできず、それが一体何なのかという事については見当も付かない。 進行方向を軸に、横方向へと回転しつつ迫り来る異形。 一体あれは何なのかと、クロノが対象の解析を指示しようとした、その時だった。 『こちら第8支局。攻撃隊の転送を続行する』 支局艦艇からの入電。 無茶だ、と叫びそうになる己を抑えつつ、クロノは歯噛みした。 突然の異常事態に浮き足立ち、転送を強行しようとしているのが丸分かりだ。 通常は前線に出る事のない支局艦艇。 そして大規模艦隊行動に慣れていない、単艦または少数艦艇での任務遂行が基本である管理局次元航行部隊。 単艦の能力こそ高いものの、大多数が連携しての作戦行動には致命的なまでに向いていない。 支局艦艇に至っては前線での緊急事態に対応し切れず、急かされる様に当初の作戦通りに事を進めようとしている。 確かにこの程度の重力異常では、転送に深刻な影響が出る事はないだろうが、それでも万全を期す為には目前の障害を取り除く事を優先すべきだ。 艦隊の安全も確保できないままに攻撃隊を送り出しては、彼等を死地に放り込む事となりかねない。 其処まで思考し、しかしクロノは内心、自身を諫めた。 それは自身の経験と推測に基づく、一極的な見解に過ぎない。 見方を変えれば、艦隊が致命的な状況へと陥る前に安定状況下で攻撃隊を転送すべき、そう考える事もできるのだ。 そして事実、支局艦艇内の局員達はその見解に基づき、攻撃隊の転送を実行しているのだろう。 何より、攻撃隊がその見解を支持しない限り、転送強行などという決定が下る筈がない。 「転送まで40秒!」 「偏向重力、更に増大! 現在1.6G!」 「重力遮断結界展開、偏向重力を緩和しろ!」 「高速移動体、更に接近! 距離1900!」 重力遮断結界の展開により、前方への偏向重力が和らぐ。 未だ違和感は抜け切らないものの、少なくとも艦内で墜落死する危険性は消えた。 クロノはウィンドウのひとつへと手を伸ばし、接近中の高速移動体を迎撃するべく指示を下す。 錯綜し、ブリッジドームへと響き渡る通信はそのどれもが、他の艦艇指揮官がクロノと同様の判断を下している事を表していた。 「転送まで20秒!」 そして種々の魔導兵装が迎撃態勢へと移行し、クロノが正面の大型ウィンドウへと視線を戻すと同時。 「高速移動体に異変!」 大型ウィンドウ上の高速移動体が、花の様にその身を開いた。 「な・・・」 誰もが息を呑み、次いでその急激な変貌に唖然とする。 卵型の外殻は4つに分かれ、花弁の様に四方へと解放されていた。 4枚の花弁の付け根には、紫の光を放つ「コア」らしき部位が存在し、更にその前面には回転しつつ青い光を放つ部位が、「コア」を防御するかの様に備えられている。 粘つく闇の中に咲いた、鋼鉄の花。 攻撃態勢か、と警戒したクロノが、迎撃開始の指示を下そうとした、その瞬間。 「高速移動体より空間歪曲発生!」 花弁の内より、無数の空間歪曲が「壁」となって撃ち出された。 「10秒前!」 『各艦、最大戦速! 支局艦艇を護れ!』 すぐさま、支局艦艇の周囲に位置する艦艇が動き出し、その盾となるべく加速を開始。 花弁より射出された空間歪曲は、ウィンドウ上に映像として視認できる程に具現化していた。 それらは闇色の光を発しつつ、凄まじい速度で支局艦艇群へと向かって突き進む。 「くそ・・・!」 「5秒!」 間に合わない。 支局艦艇からは距離があった為に援護に駆け付ける事もできず、クロノは支局艦艇群へと迫る空間歪曲の「壁」を見据える事しかできなかった。 他の艦艇より放たれる魔導弾幕を消滅させつつ、暗く淀んだ半透明の揺らぎとなって支局艦艇群へと襲い掛かるそれらは、不可視の死神を思わせる。 群がる次元航行艦の合間を擦り抜け、必死の防衛行動を嘲笑うかの様に目標へと迫る「壁」。 そして、遂に。 「3・・・2・・・1・・・」 「空間歪曲、接触!」 「壁」が、支局艦艇群へと喰らい付いた。 三度、衝撃が艦体を襲い、クロノ等の身体がコンソール上へと投げ出される。 即座に身を起こしたクロノの視界に飛び込んだ光景は、数瞬前とは明らかに異なる姿勢へと傾いた、巨大な8隻の支局艦艇。 クロノは、叫んだ。 「転送はどうなった!?」 同じく身を起こしたクルー等の指が、コンソール上を忙しなく踊り始める。 数秒後、支局艦艇からの入電があったのか、1人が状況の報告を開始した。 「転送は終了! 各支局鑑定に深刻な損傷はありません! 攻撃隊、各転送座標に・・・」 突然、報告の声が止まる。 クルーの表情が凍り付き、その目はウィンドウのひとつへと固定されていた。 その様子に、クロノの脳裏を最悪の予想が過ぎる。 思い過ごしであって欲しいと願いながらも、しかし魔導師として完成された高速・並列思考は、冷酷なまでにあらゆる可能性を提示。 そして、数秒の間を置いて再開された報告の声が、最も危惧した可能性を現実のものとして叩き付けた。 「目標座標・・・攻撃隊、存在しません・・・転送、失敗・・・」 クロノは一瞬、その言葉が何を意味するか、受け入れる事ができなかった。 しかし、すぐさま自身を取り戻し、現状の分析を開始する。 次々にウィンドウを展開し、それらの情報を読み取っては脳内にて統合、最終的な結論を導き出した。 残酷な結論、絶望と共に襲い来る現実を。 「・・・馬鹿なッ!」 4000名。 4000名だ。 管理局所属魔導師の中でも、特に戦闘技能に秀でた者が、4000名。 Aランクオーバー1384名、Sランクオーバー53名を含むそれが、ただの一度も交戦する事なく、転送事故によって失われた。 正確にはこの隔離空間内の何処かに転送されてはいるのだろうが、その一部ですら所在を確認する事ができず、4000名の全てを失索したというこの状況。 バイドによる汚染、そして転送事故の危険性を考えれば、既に全滅している可能性が高い。 「フェイト・・・!」 クロノの脳裏に、義妹の姿が過ぎる。 次いで浮かび上がるは、四肢を切断され、意識の無いままにベッド上にて生命維持装置へと繋がれたユーノの姿。 歯軋り、そして掌へと血が滲む程に拳を握り締め、クロノは指示を発した。 「高速移動体を敵機動兵器としてマーク! MC404、撃ち方始め!」 「MC404、撃ち方始め!」 クルーによる復唱が終わるや否や、クラウディア艦首から白光を放つ魔導砲撃が放たれる。 同時に10を超える艦艇から同様の砲撃が放たれ、光の奔流が敵機動兵器へと殺到。 敵機動兵器は回避する素振りも見せず、十数発の砲撃に呑み込まれ、小爆発を繰り返した後、一際巨大な爆発と共に四散した。 4枚の花弁が炎を噴きつつ、其々に異なる方向へと吹き飛ばされてゆく。 これだけの一斉砲撃を受けたにも拘らず、原形を留めたまま隔離空間内を漂い続けるそれらの強度に、クロノは思わず舌打ちした。 「敵機動兵器、撃破!」 クルーのその言葉にも、歓喜の念が沸き起こる事はない。 4000名の魔導師と引き換えに得た、敵機動兵器1機撃破という戦果。 これ程までに不釣合いな代償を払い得た戦果になど、何の意味があるというのか。 クロノはすぐさま、新たな指示を飛ばす。 「広域捜索実行。僅かでも良い、デバイスのシグナルを拾うんだ。支局艦艇の捜索域との重複を避けろ」 「広域捜査実行、了解」 「支局艦艇より入電、本艦は第75管理世界方面の捜索に加われとの指示です」 「了解。本艦はシャーロットと合流、第75管理世界方面へと・・・」 「前方3000、空間歪曲多数!」 警報。 新たに展開された大型ウィンドウに、またも外部拡大解析画像が映し出される。 其処に浮かび上がるは、複数の巨大な鉄塊。 「・・・何の冗談だ?」 誰もが、自身の目を疑った。 先程、自ら達の手によって破壊された筈の機動兵器。 それが複数、艦隊の進路を塞ぐ様に布陣している。 闇の中に浮かぶ卵型の鉄塊を見据えるクロノの耳に、入電を告げる電子音とクルーの声が飛び込んだ。 「第10支局より入電・・・敵機動兵器、詳細判明。異層次元巡回警備型無人機動兵器「ファインモーション」。重力偏向フィールドによる対象の行動制限及び、戦術級光学兵器による高火力・長射程砲撃、重装甲・高機動による突撃を主とした戦闘を展開するとの事です」 その言葉も終わらぬ内、敵機動兵器が次々にその花弁を開く。 気付けばその数は数十にも達し、隔離空間内には巨大な鋼鉄の花が幾重にも咲き誇っていた。 クロノは咄嗟に火器管制機構へと手を伸ばし、差し込まれたままの鍵に指を掛ける。 焦燥を多分に含んだ叫び。 「アルカンシェル、バレル展開!」 そして、鋼鉄の花弁に、闇色の光が点ると同時。 クロノの身体は、眼前のコンソールへと叩き付けられていた。 「くそッ・・・またかッ!」 自身を前方へと引き寄せる重力に抗いつつ、クロノは火器管制機構へと手を伸ばす。 しかしその指が、赤く染まった立方型実体化プログラムへと届く事はない。 傍らに展開された偏向重力計測値のウィンドウが、2.2Gとの数値を表示していた。 下方ではブリッジクルー等が、襲い来る重力とコンソールから引き摺り落とされそうになる恐怖に、掠れた悲鳴を上げている。 クロノは懐より1枚のカードを取り出し、瞬時にそれを槍状の杖へと変貌させた。 氷結の杖、デュランダル。 荒い息を吐きつつその先端を、今や垂直の壁面となった床面へと突き立て、瞬く間に氷の階段を生み出した。 もはや飛ぶ事すら困難となった偏向重力下に於ける、苦肉の策だ。 「ッ・・・!」 その身体が、力尽きた様にコンソール側面へと崩れ落ちる。 偏向重力、3.9G。 ブリッジクルー等から上がる苦しげな声を背に、クロノは氷の段差へと腕を乗せた。 一度だけで良い。 アルカンシェルを撃ち込む事ができれば、空間歪曲によって重力フィールドを無力化できる。 一度だけ、あの機動兵器群の布陣を乱す事ができれば。 それで、反撃の糸口が掴める筈なのだ。 「アルカンシェル・・・バレル・・・展開・・・!」 下方より届く、微かな声。 同時に、アルカンシェルのチャージが始まった事を知らせる警告ウィンドウが、艦長席コンソールの上部に表示される。 この状況の中、ブリッジクルー等、そして兵装担当技術官等が、命懸けでアルカンシェルの発射態勢を整えたのだ。 それを理解し、クロノは鉛の様に重くなった自身の腕を動かすべく、更なる力を込めた。 彼等の奮闘を裏切る訳にはいかない。 何としても、アルカンシェルを発射しなければ。 彼等の期待に応える事、それが艦長としての自身の責務であり、現状を生き延びる為の最後の希望なのだから。 強烈な偏向重力の中、必死に身体を引き摺るクロノの傍らで、ウィンドウの数値が4.7Gを指す。 ブリッジドームへと投射される外部映像の中、6隻のXV級次元航行艦と1隻の支局艦艇が偏向重力によって、引き摺られる様に前方へと進み出る様がクロノの視界に映り込んだ。 そして、数秒後。 200を超える光学兵器の奔流が、7隻の艦艇を貫いた。 時空管理局艦隊、残存艦艇数「197」。 * * 「ティア! ねえ起きてよ、ティア!」 自身を揺さ振る者の存在と、頬に触れる冷たい床の感触に、ティアナは微かに呻きつつ瞼を見開いた。 その視線の先には嘗ての相棒と、その妹分となった戦闘機人の少女の姿。 数瞬、状況が理解できずに呆けるも、瞬時に意識を覚醒させて跳ね起きる。 「転送は!? 此処は何処なの!?」 「おい、落ち着けって!」 「ティア、ちょっと待って!」 スバルとノーヴェ、2人掛かりで宥められ、ティアナは漸く余裕を取り戻した。 そして周囲を見渡し、愕然とする。 「・・・何処よ、此処?」 周囲に広がるのは、当初の転送座標である第61管理世界の緑に囲まれた管理局拠点ではなく、四方どころか上下に至るまで鉄壁に覆われた、何らかの巨大な施設内部だった。 上部に点る照明装置により空間全体を見渡す事ができるが、少なくともこの空間は、本局訓練室と比較して数倍の空間容積がある事が見て取れる。 余りにも巨大な、用途不明の人工空間。 薄ら寒いものを感じつつ、しかし何時までも座り込んでいる訳にはいかないと立ち上がったティアナは、状況の確認を開始した。 「それで、何でアタシ達はこんな所に居る訳?」 その問いに対し、スバルとノーヴェは困惑した様に答える。 どうやら2人も、自身に降り掛かった現象を理解している訳ではないらしい。 「分からないよ・・・支局が攻撃を受けて、揺れたと思ったら気を失って・・・」 「気が付いたら此処で寝転んでたって訳だ」 その言葉に、ティアナは凡その状況を理解した。 恐らく、転送事故だ。 敵機動兵器の攻撃は、空間歪曲を利用したものだった。 転送直前に支局がその攻撃を受けた事により、目標座標までの跳躍空間に異常が発生したのだろう。 結果、こうして行き先の異なる者達が、同じ世界に漂着する事態となった訳だ。 「私達の他には?」 「今、セインが探しに行ってる。そろそろ戻ってくる頃だと・・・」 他に同一世界へと漂着した者が居ないかというティアナの問いに、ノーヴェが意外な答えを返す。 他にもナンバーズが居るのか、という驚きに目を見開いたティアナの背後から、何処か陽気な印象を受ける声が発せられた。 「ただいま」 「なっ・・・」 「あ、おかえり」 床面より突き出す、水色の髪。 IS「ディープダイバー」による無機物潜行を行っているセインだ。 驚くティアナ、出迎えるスバル。 直後、一息に床面の上へと躍り出たセインは、疲れた様に溜息を吐いた。 「どうだった?」 「この先、400m先に20人ほど攻撃隊が居るよ。あと、其処とは別の地点に八神二佐達も」 「八神部隊長が?」 驚き、訊き返すスバル。 頷きをひとつ返し、セインは続ける。 「うん。でも、それより先は無理だった」 「何かあったの?」 「良く分かんないんだけど・・・潜れない壁があるんだ。魔力でコーティングされている訳でもないのに、全然抜けられない。此処の床だって、2mも潜れば其処でその壁にぶつかるんだもの」 「壁・・・何かの施設か?」 ノーヴェの問いに、セインは分からないと首を振る。 暫しの沈黙。 しかし数瞬後、ティアナが「AC-47β」により幾分大型化したクロスミラージュを手に、唐突に歩き出した。 「ティア?」 「此処で考えてたって仕方ない。取り敢えず、その攻撃隊と合流するわよ。いつ汚染体が襲い掛かってくるか分からないし、人数が多い事に超した事はないわ」 歩みを止めずに答えるティアナに、残る3人は互いの顔を見合わせ、しかしすぐにその後を追う。 その足音を耳にしつつ、ティアナは物資搬入ゲートらしき巨大なスライド式の扉へと歩み寄り、制御盤を探し始めた。 そして彼女へと追い付いた3人もまた、ゲートの周囲を調べ始める。 4人の頭上、20mはあろうかというゲートの表面。 薄闇の中に、第97管理外世界の文字が浮かび上がる。 忌まわしき名称、悪夢の記憶を内包せし棺の名。 「MPN134340-Orbital BIONICS LABORATORY META-WEAPONOID RESERCH DIVISION」 狂える翼、人類の狂気による蹂躙と殲滅より5年。 「神々の黄昏」によって打ち砕かれし悪夢は息を吹き返し、「客人」の来訪を待ち焦がれていた。 そして遂に、その時が訪れる。 生命の存在する余地のない、特殊合金に覆われた施設の深遠。 「客人」の有する記憶に基づき、「模倣者」はその姿を変貌させゆく。 全ては「客人」を歓迎する為に。 決して忘れ去る事などできない、記憶の奥底に潜むその存在を模し、彼の「客人」を持て成す為に。 過去より出でし亡霊は、久方振りの「客人」が自らの許を訪れる、その瞬間を待ち侘びていた。 壁が、床が、天井が。 「客人」の来訪に打ち震え、「宴」の用意を整え始める。 亡霊の巣穴と化した施設を構成する無機物、その全てから歓喜の咆哮が上がった。
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『当たったぞ! 撃墜した! こちら441! 繰り返す、敵を撃・・・』 『441部隊、どうした? 応答せよ! 441、誰か応答しないか!』 『墜落地点に向かった連中はどうなった!? 教導隊は何処へ行ったんだ!』 所属不明機体群による時空管理局本局襲撃と同時刻。 ミッドチルダ首都クラナガン近郊に於いて、同じく不明機体群の襲撃による戦闘が展開されていた。 JS事件により破壊され、後に「ゆりかご」の件を教訓に修復・管理されていた、計3基の地上防衛用迎撃兵器「アインヘリアル」。 それらに対する大気圏外からの超長距離砲撃を皮切りとした戦闘は、地上本部陸上警備隊、首都航空隊、転送ポートの使用制限により本局への帰還が果たせなくなった魔導師、その全てを動員しての大規模戦闘へと発展した。 都市外縁部、41年前の反管理局大規模テロリズムによって破壊されたビル街、第4廃棄都市区画にて繰り広げられる対空戦闘。 魔力弾が大気を切り裂き、砲撃魔法が天を貫く。 しかし不可解な事に、それらに返されるべき不明機体群からの反撃は、余りにも「薄い」ものだった。 時間の経過と共に撃ち上げられる魔力弾幕の密度が増すのとは裏腹に、魔導師の数が増すにつれ徐々に攻撃頻度が低下してゆく不明機体群。 中央区へ攻め込む事もなく、各戦闘地区より廃棄都市上空へと集結するその様子はまるで、予想だにしなかった状況に直面し戸惑っているかの様であった。 状況に変化が起こったのは、戦闘開始より16分後。 聖王教会からの増援、そして戦技教導隊が戦線へと加わった事により、戦闘は新たな局面を迎えた。 数発の砲撃魔法、そして大量の無誘導魔力弾を放ちつつ戦域へと突入した彼等は、無数の誘導操作弾及び大威力砲撃魔法による対空戦闘を開始。 弾速の問題から誘導弾を当てる事は叶わなかったものの、敵機の密集する地点へと放たれた砲撃魔法が、ある1機の不明機体を捉えたのだ。 何らかの情報を収集していたのだろう、球状のレドームを備えたその機体は、高空より降下する所を砲撃され被弾。 正確には、不明機体群によって回避された3発の砲撃の軌道が、偶然にもその機体の降下コースと交差していたのである。 1発目を間一髪で回避した不明機だったが、続く砲撃を完全に躱す事はできなかった。 回避コースに問題があったのではない。 2発目を辛くも回避した直後に3発目、桜色の光を放つ砲撃が襲い掛かったのだ。 それすらも反応してみせる不明機だったが、砲撃の規模が余りにも大き過ぎた。 躱し切れずに機体右側面を吹き飛ばされ、炎を噴きつつ廃墟となったビル街の一画へと降下してゆく不明機。 その瞬間から、流れが変わった。 味方が撃墜された事に動揺したのか、一瞬ながら統率を欠いた動きを見せる不明機体群。 もしくは、撃墜された機体は管制機の役割を果たしていたのかもしれない。 黒煙を引き降下してゆく友軍機を庇おうとしたのか、球状兵装を備えた数機がその周囲へと纏わり付く。 しかし、廃棄都市の至る所へと散開した魔導師達にとって、低空・低速飛行する機体群の側面、もしくは背後を狙う事は容易だった。 無論、それらを妨害するべく複数の機体がバックアップに着く。 だがそれも、ここぞとばかりに放たれる無数の砲撃魔法の前には、完全な防御など為し得る筈も無かった。 1機、また1機と、球状兵装による強固な防壁の隙間を突かれ、撃墜されてゆく不明機体群。 撃墜には至らずとも、大小の損傷を受けてゆく複数の機体。 それでも墜落した仲間を見捨てるつもりは無いのか、戦域からの離脱を図る機体は1機たりとも存在しなかった。 それを理解し、好機とばかりに魔力弾と砲撃の密度が増す。 結果、7機の不明機体を撃墜し、更に十数機に対し、恐らくは重大な損傷を与える事に成功した管理局部隊。 このまま管理局優勢の状態が続くかと思われたが、ここまでの一連の行動が、結果として最悪の敵を戦域へと呼び込んでしまう。 他の機体より一回り小さく、深紅の塗装を施された、漆黒のキャノピーを備える機体。 新たに転移してきた僅か6機の機体によって、管理局の優勢は脆くも崩れ去った。 『こちら戦技教導隊所属、高町一等空尉。308部隊、応答を・・・』 球状兵装を備えず、超低空より高速にて戦域へと侵入したその6機は、直ちに管理局部隊による迎撃を受ける。 盾が無いのならば撃墜は容易い。 況してや、建ち並ぶ廃墟のビル群の間を直線で、しかも高速で飛来するのだ。 左右に動けばビルへの接触は必至、正面から放たれる砲撃を躱せる筈もない。 魔導師の誰もがそう考え、それを疑いもしなかった。 無誘導魔力弾の着弾による爆発を目晦ましに、其々に異なる5色の閃光と共に放たれる砲撃魔法。 大気を撃ち抜き、5条の光が不明機へと直撃するかに思われた、次の瞬間。 6機は、忽然と姿を消した。 それが、常識外の超高機動による、隣接する通りへの水平移動によるものと気付いた時には、既に遅く。 左右のビルを、数条の青い光が貫いた。 『308・・・誰か、誰か居ないの? 171、応答して・・・』 狩る者から一転、狩られる者へと身をやつす事となった魔導師達。 建ち並ぶビルの陰へと逃げ込む彼等に対し、6機の狩人は追う素振りすら見せなかった。 上空へと退避してゆく他の不明機群。 内数機が友軍機の救助を目的としてか、ある一定の高度に留まり旋回を始める。 瞬間、地上より撃ち上げられる魔力弾。 しかし、その数瞬後には青い光と共に轟音が響き、ビルが崩れ落ちる。 同時に魔力弾の発射が止み、その地点に展開していた部隊との念話が途絶えるのだ。 『507、281・・・誰か!』 不明機から放たれる青い光。 それらが、魔導師達を直接的に狙う事はなかった。 貫かれるのは彼等の周囲、廃墟のビル群であり、飛散する数十・数百トンの瓦礫によって、魔導師達は次々と無力化されてゆくのだ。 不明機の攻撃が、意図的に直撃を避けている事に魔導師達が気付くまで、然程時間は掛からなかった。 見方によっては、彼等は対象の殺害を避けようとしていると捉える事もできる。 しかし、それが何の救いになるというのか。 幾らバリアジャケットを纏っているとはいえ、数百トンもの瓦礫に挟まれて死者が出ない筈は無い。 事実、攻撃を受けた部隊との念話は、殆どが途絶したままだ。 気絶した者、魔力を使い果たした者も多いだろうが、死者は確実に居る。 第一に、高度に自動化されていたとはいえ、3基のアインヘリアルが攻撃を受けた時点で、犠牲者は3桁を超えているのだ。 今更、相手が無用な交戦を避けていると判明したところで、管理局部隊からの攻撃が止む事など有り得ない。 そして攻撃を受ければ当然、不明機体群も反撃する。 何も変わりはしない。 残る魔導師達はビル群の陰に身を潜め、気配を消して攻撃の機会を窺う。 新たに、1発の砲撃魔法が墜落地点へと向かう不明機体を撃墜するに至り、6機の狩人もまた積極的な索敵・撃破へと行動を移行した。 位置を変え、陽動を交え、時には自らを囮とさえしながら、不明機の墜落地点へと向かう管理局部隊。 情報を得る為にも、それらのパイロットは何としても確保する必要があった。 『・・・こちら陸士281部隊、ケイト・フランベル二等陸士です。高町一等空尉、ご無事ですか?』 『・・・良かった、まだ無事な人が居たんだね。こちら高町、教導隊は敵の攻撃により離散。各自、其々の墜落地点に向かっています。そちらは?』 『敵の攻撃を受けました。隊長以下9名が重傷、第28区にて救助を待っています。先程、隣接する区画で441部隊が敵を撃墜した模様ですが、現在は念話が繋がりません』 そして、1機目の不明機を撃墜した魔導師、戦技教導隊に所属する、「エースオブエース」こと高町 なのはもまた、墜落地点へと向かっていた。 ビルの階層へと身を隠し、周囲に不明機体の影が無い事を確認し、別のビルへと飛び移る。 それを繰り返し、漸く5kmほど移動した所で、彼女の視界の端に深紅が躍った。 『・・・! ごめん、ちょっと待って!』 念話を中断し、身を隠すなのは。 廃墟のエントランスホール、元は一面のガラス張りであったろうその場所。 吹き抜けの3階に位置するテラス、其処に立つ柱の陰から表を窺う。 ガラスの外れた網目状フレームのすぐ外を、甲高い音を立てながら、深紅の不明機体がゆっくりと横切った。 小刻みな振動が廃墟を揺るがし、細かなコンクリートの破片が天井から降り注ぐ。 地鳴りの様な音が齎す焦燥感を堪えつつ、なのはは不明機体の外観を備に観察する。 機体の半分近くを占める漆黒のキャノピー。 その先端直下に備えられた小さなブースター。 キャノピー後方に背負った、漆黒の巨大な砲身。 深紅の装甲に小さく書き記された、挑戦的な文字の羅列。 《Catch me if you can》 「捕まえられるものなら捕まえてみろ、か・・・」 小さく呟き、文字の横に描かれた鳥のエンブレムを睨む。 名前は忘れたが、子供の頃にテレビアニメで何度か目にした事がある。 確か、途轍もなく足の速い、陽気な鳴き声を上げる鳥のキャラクターだった。 やはり、この不明機体は「地球」の物なのだ。 不明機はなのはの存在に気付く事なく、ビルの前を通り過ぎる。 思わず息を吐くなのは。 同時に彼女は、自身が異常な程に緊張していた事に気付く。 震える唇。 掌に滲む汗。 疾うの昔に克服した筈の、消えはせずとも抑え込む事には慣れた筈の感情が、自身の中で静かに沸き起こっている事実に、彼女は戦慄した。 怖い。 戦う事が怖い。 殺されるかもしれない事が怖い。 自分を殺そうとする異形の存在が怖い。 こんな恐怖、10年前の撃墜の際にだって感じなかった。 あの時も、自分は魂無き機械に命を奪われかけたのだ。 今回も同じだ。 自分は、自分達は、魂無き機械の軍勢に命を狙われている。 10年前と違うのは、2つだけ。 軍勢を造り、送り出したのが、自らの故郷と同じ「地球」の人々である事。 その機械に、同じ「人間」が搭乗している事。 何故、これ程の恐怖を感じるのか。 同郷の人間が相手だから? 未知の技術が用いられた異形の兵器が相手だから? これまでに築き上げてきた、魔導師としての常識を覆されたから? 違う、そんな事ではない。 自分が恐れているのは、彼等の持つ異質な「認識」だ。 こうして対峙してみて、はっきりとそれを実感できた。 思うに、今までに自身が対峙してきた相手は、無機質な機械か明確な敵意を持った人間ばかりだった。 両者に共通するのは、こちらを「魔導師」であり「人間」であると、そう理解した上で敵対していたという事。 ガジェットや魔導兵器については只の機械と割り切る事ができたし、人間については主義・主張の違いから対立せざるを得ない状況なのだと理解していた。 だが、今この瞬間、自分達が相対している存在は、恐らくそのどちらでもない。 恐らくは人間であり、更にこちらの姿をはっきりと認識しながらも、決して人間であるとは判じていないと感じられる。 生身で空を飛んでいるからだとか、魔法を使っているからだとか、そういった事から警戒しているのではない。 こちらを「人の形をした何か」と捉え、警戒しているのが明らかに伝わってくるのだ。 捜査官であるはやてや、執務官としての任務に当たるフェイトならば更に詳細な分析も可能だろうが、そうでない自分にさえはっきりと感じられる異常性。 人間の姿を認識しながら、決して人間であるとは信じようとしない。 それはつまりこの場に於いて、人を人とも思わない、如何なる所業も可能であるとの証明に他ならない。 初めは違った。 彼等はこちらの姿を確認するなり、確かに攻撃の手を緩めたのだ。 まるで、その瞬間に初めて人間が相手であるという事実に気付き、戸惑った様に。 しかし仲間が墜とされるや否や、彼等の機動からそれらの戸惑いは一瞬にして消え去り、そしてあの6機が現れた。 あの瞬間、彼等の中で自分達は、「人間」から「人の形をした何か」へと変貌したのだろう。 こちらを直接的に狙わないのは、殺害を避けている訳ではない。 あれは「観察」だ。 彼等は魔導師の、魔法体系の全てを、戦闘を通じて観察しているのだ。 まるで蟲の脚をもぎ、どの様に傷が修復されるのかを観察する、研究者の様に。 自分達は敵として認識されていると同時に、この第4廃棄都市区画というケージに閉じ込められた「研究素材」に過ぎないのだ。 余りにも冷酷なその事実が、彼等の挙動を通して伝わるその認識が、恐ろしくて仕方ない。 沸き起こる恐怖を堪え相棒を握り直すと、なのははコンクリート柱の陰より身を乗り出す。 不明機の影は無い。 音も聴こえない。 念話を繋げ、周囲の様子を確認する。 『・・・こちら高町。フランベル二等陸士、第31区周辺に敵は?』 応答はすぐにあった。 『こちらフランベル。視界不良の為、はっきりとは分かりませんが・・・空尉は、今はどちらに?』 『大きなヘリポートのあるビル、分かる? その隣の、幅の広いビルだよ』 『でしたら・・・ええ、東側からは敵影は確認できません』 その返答に安堵の息を吐き、しかしすぐに表情を引き締めると、次のビルへ移動する為に空中へと身を投じる。 直後、背後から轟音と衝撃が襲い掛かった。 咄嗟に振り返り、レイジングハート・エクセリオンの矛先を音の発生源へと向ける。 しかし、なのはが砲撃を繰り出すより早く、粉塵の中に光が瞬いた。 彼女の眼前、大理石の床面に無数の弾痕が刻まれる。 大きく横に飛び、迫る質量兵器の弾幕を回避。 視線を上げ、粉塵の中心へと目を凝らす。 「っ!・・・デタラメだよ・・・!」 あの、深紅の不明機体が其処に居た。 信じられない事に、幾層もの分厚いコンクリート壁を体当たりで打ち破り、彼女の背後を取ったのだ。 驚愕するなのはを嘲笑うかの様に、再び質量兵器が乱射される。 初めから見透かされていたのだ。 自分が此処に身を潜めている事も、外部の味方から周囲の情報を得ている事も。 全て承知の上でその眼前を横切り、動く頃を見計らって背後から奇襲。 それだけではない。 少なくとも自分に関しては、僅かでも生かしておくつもりは無いらしい。 事実、こうして質量兵器の直射による攻撃に曝されている。 何故? 思考しつつも身体は止まらない。 高速で不明機体の下方へと滑り込み、質量兵器を回避。 レイジングハートを頭上へと向け、砲撃を放つ。 ショートバスター。 桜色の閃光が、ビル内部を貫く。 しかし光が収まった後、其処に不明機体の姿は無かった。 「消え・・・!」 直後に、なのはの現位置と同高度、エントランスホール1階の壁を、無数の砲弾が撃ち抜く。 アクセルフィン発動、横薙ぎの掃射を高速移動で潜り抜けて回避。 掃射の角度から不明機の位置を予測、レイジングハートによる高速演算・照準補正。 掃射が途絶える直前、ショートバスターを壁面越しに不明機へと叩き込む。 凄まじい発射音、そしてコンクリート壁の粉砕音と共に、ビル全体が崩壊を始めた。 移動を止める事なく、続けざまに床面へとショートバスターを放つ。 轟音と共に床面へと大穴が開き、なのはは戸惑う事無くその中、下水道へと飛び込んだ。 同時に彼女は、自身の背後を突き抜ける大質量物体の存在を、衝撃という形で感じ取る。 恐らく、不明機の体当たり。 穴への侵入があと数瞬でも遅れていれば、その突進をまともに受けていただろう。 背筋を走る冷たい感覚。 逃げ込んだ下水道の中から、自身が開けた穴の外の様子を探る。 敵は、こちらを見失ったのだろうか? 「・・・っ!」 甲高い音。 巨大な影が、穴の周囲をうろつく。 それが何かなど、考えるまでもない。 不明機は、こちらを見失ってなどいなかった。 自分が下水道へと逃げ込んだ事を、既に見抜いている。 バスターでの撹乱を行おうと、レイジングハートを構えるなのは。 しかしその行動は、他ならぬレイジングハートの判断によって中断される。 彼女の視界に映り込む、あの不明機体とは異なる影。 蛇腹状のチューブ、機体各所に備えられた鋭角状の突起。 そして、「高熱」に揺らめく大気の影。 『Master!』 レイジングハートの声に我へと返る暇もなく、発動したアクセルフィンによって、下水道のより奥へと突き進む。 最後に視界の端を掠めたのは、赤々と燃え上がる炎の色。 ありったけの魔力をアクセルフィンへと注ぎ込み、翔ける。 背後より響く噴射音。 翔ける。 空気の爆ぜる、重い音が振動となって轟く。 翔ける。 背後から射す赤い光に、振り返る余裕など、無い。 翔ける。 視界を埋め尽くす光、巨竜の咆哮の如き轟音、脚を焼く灼熱の熱気。 レイジングハートが、なのはが、叫んだ。 『Short Buster!』 「ああああぁぁッッ!」 焦燥すら感じさせる音声、そして悲鳴じみた絶叫と共に、桜色の砲撃が下水道の天井を貫く。 進行方向の上方へと穿たれる穴。 貫通を確認する暇もあればこそ、なのははその中へと飛び込んだ。 瞬間、背後からの圧力が急激に膨れ上がる。 それに押されるがままに、なのはの身体は外へと向かって加速していた。 アクセルフィンの推力ではない。 その前進運動は、もはやなのはとレイジングハートの制御下になかった。 暴力的な光と大気の奔流に押しやられるまま、銃弾の如き速度で地上へと飛び出す。 直後、その後を追う様に、爆炎が噴き上がった。 「・・・! ・・・!」 自らの悲鳴すら掻き消える爆発音、そしてバリアジャケットを蝕む炎熱の中、辛うじて見開かれたなのはの目に信じられない光景が飛び込む。 廃棄都市区画の至る所から噴き上がる爆炎。 それらは彼女の直下と同じく、下水道から噴き上がった炎だ。 しかし、範囲が広すぎる。 隣接する区画だけに留まらず、この広大な第4廃棄都市区画のほぼ全域で爆発が発生しているではないか。 自らの状態を確認する事も忘れ、思わず先程まで身を潜めていたビルを探す。 それは数kmほど離れた地点で、既に瓦礫の山と化していた。 その周辺区画は一帯が業火に包まれ、まるで核でも炸裂したかの如き惨状を呈している。 その業火の中、数十秒前まで彼女が潜伏していたビルの残骸の中から、1機の不明機体が姿を現した。 周囲の獄炎を意に介する事もなく、その中からゆっくりと上昇する黄色の機体。 機体の各所にチューブを張り巡らせ、複数の巨大な放熱器、そして物理的な充填機能を果たしているかは怪しいが、燃料タンクらしきユニットを備えている。 今までに目にした不明機と比べて、2回り近く大きいその機体には更に複数の鋭角が存在し、正に凶悪そのものといった印象を見る者に与えていた。 そして何より、キャノピー直下で消えゆく小さな炎、漆黒のノズル。 「火炎放射器・・・!」 凡そ、戦闘機に搭載する物とは思えない兵器。 しかもあの爆発から考えて、通常の燃焼を用いた火炎ではあるまい。 十数秒前までそんなものに自身が追い掛けられていた事を思い返し、なのはは身震いした。 と、ビルの谷間に浮かぶ彼女の姿を捉えたのか、不明機が機首をこちらへと向ける。 タンク状のユニットへと集束する、青い光。 まさか、この距離から? 既に、先程のビルからは2km以上離れている。 幾ら通常の物ではないとはいえ、閉鎖空間ではなく空中、しかもこれほど離れた地点に炎が到達するとは思えない。 だがそんな考えも、ノズルの先端から赤い光が洩れ出ると同時に掻き消えた。 咄嗟に身を翻し、アクセルフィンによって横へ飛ぶ。 直後に不明機のノズルが閃光を発し、直径が6、7mはあろうかという巨大な炎の奔流が、呻りを上げて側面の空間を貫いた。 その想像を絶する高熱は、例え直撃せずともなのはの肌を焼かんとする。 辛うじてバリアジャケットに阻まれてはいるものの、それでも防ぎ切れなかった熱気が彼女の髪を焦がした。 「うぁ・・・あぁ・・・ッ!?」 『一尉!? 無事ですか、一尉!』 フランベル二等陸士からの念話。 しかし応答を返す余裕など、なのはには無かった。 炎の筋が蠢き、急激に彼女へと迫ってきたのだ。 「レイジングハート!」 『Oval Protection』 ビルとビルの合間へと飛び込み、即座にオーバルプロテクションを発動。 直後、頭上から炎の壁が襲い掛かる。 ビルの壁面を直撃した炎が、障害物に沿ってそのまま下方へと侵入してきたらしい。 これだけの距離を減衰する事なく直進するその火力といい、やはり通常の炎ではない。 即座に先程とは反対の通りへと抜けるものの、後を追う様にビルの間から噴き出した炎の勢いは、なのはの飛行速度を遥かに超えていた。 忽ちの内に業火に呑み込まれ、溶鉱炉内部を思わせる灼熱の大気に呼吸を封じられる。 オーバルプロテクションに罅、猶予は数秒も無い。 此処でバリアが砕ければ、それこそ5秒と掛からずに焼死する事となるだろう。 地面と平行に飛び続けるも炎の壁が晴れる様子は無く、なのはは急上昇で上空へと逃れる。 そして、その場景を目にした。 炎に覆われた範囲は、なのはの予想を遥かに越えていた。 隣接するビルの1つか2つが巻き込まれたか、との予想だったのだが、実際には当該区画全域が業火の中に沈んでいたのだ。 いや、正確には隣接する区画にも被害が及んでいる。 2区画に匹敵する範囲が、完全に炎に覆われていた。 絶句するなのは。 もしあのまま直進していたとして、オーバルプロテクションが効力を失う頃には、未だ炎の中だったろう。 『Behind you!』 「えっ・・・」 レイジングハートの警告。 回避に移ろうとした時には、もう遅かった。 「きゃ・・・!」 衝撃。 凄まじい風圧が、凶器となってなのはを襲う。 唐突に数十mもの距離を吹き飛ばされた彼女は、咄嗟にレイジングハートを構え、バスターの発射態勢を取った。 桜色の光が集束、しかしそれが放たれる寸前、またもなのはの身体を衝撃波が襲う。 「うああぁッ!」 あらぬ方向へと放たれるショートバスター。 その瞬間、なのはは何が起こっているのかを理解した。 この攻撃の正体は、不明機体が高速飛行する際に起こる衝撃波だ。 こちらが攻撃態勢に入るや否や至近距離を通過して、衝撃による攻撃を行っているのだ。 そして彼等が、執拗に自分を狙う理由。 彼等は砲撃魔導師を警戒し、恐らくは既に魔力光による識別を行っている。 つまり、最初の1機を撃墜したのが自分である事を見抜いているのだ。 だからこそ、あれ程まで執拗に攻撃を仕掛けてきたのだろう。 そして今、動きを封じる事である程度の安全を確保し、対象の撃墜から観察へと移行したという事か。 三度、衝撃波に煽られ、吹き飛ばされる。 既に意識は朦朧とし、視界は霞み始めていた。 バリアジャケットでも防ぎ切れぬ衝撃が脳を揺さ振り、彼女の意識を刈り取らんとする。 此処で意識を失えば、眼下に拡がる業火の中へと墜ちる事となるだろう。 そうなれば、万が一にも生存の可能性は無い。 唯一、生還の望みがあるとすれば、この区画を脱して他の部隊と合流する事だが、この敵はそれを許すほど甘くはないだろう。 「あ・・・ぐっ・・・」 そうして、幾度か宙を舞った頃。 辛うじて意識を保つ彼女の周囲に、2機の不明機体が姿を現した。 深紅の機体。 魔導師達を狩人から獲物へと貶めた6機の内2機が、なのはの左右側面に浮かび彼女を観察している。 彼方では青い光と共にビルが崩れ落ち、残る4機の「狩り」が未だ継続している事を示していた。 地上から撃ち上げられる魔力弾の数は決して少なくはないが、あの4機によって狩り尽くされるのも時間の問題だろう。 更には、例の火炎放射器を備えた黄色の機体が複数、禿鷹の様に頭上を旋回している。 あれらが本格的に攻勢を開始すれば、この第4廃棄都市区画そのものが数分で業火に沈む事となるのは予想に難くない。 認めたくはないが、万策尽きたという事か。 だがその時、予想だにしなかった事が起こる。 目前の機体から調整中のスピーカーにも似た音が響いたのだ。 次いで、その「音」が宙へと放たれる。 『・・・バイド係数、検出不能。大気組成、クリア・・・聞こえるか?』 その音、つまり人間の「声」は、聞き慣れた言語となってなのはの鼓膜を叩いた。 瞬時に意識が冴え渡り、驚愕の面持ちで不明機体を見る。 深紅の機体は変わらず其処にあったが、見ればその砲口は彼女から逸らされていた。 少なくとも今は、彼女とこれ以上争うつもりは無いという事か。 肩の力を抜き、構えていたレイジングハートの矛先をゆっくりと下ろす。 相棒は何も言わない。 その沈黙は即ち、主の判断に従うとの意思を示している。 それでも各種防御魔法、アクセルフィンの発動には備えているが。 何より、言葉を交わす事による相互理解は、如何なる理由に基づく武力行使よりも彼女達が望む事だ。 不明機もそれを理解したのか、彼女に対し機体側面を向ける。 そして、更なる言葉が発せられた。 探る様な、それでいて何処か戸惑った声が。 『・・・こちら国連宇宙軍所属、第17異層次元航行艦隊。当該異層次元に確認された、敵対的な脅威の排除を任務としている。貴女は・・・「人間」・・・なのか?』 まるで、自身の目に映る光景が理解できない、とでも言いたげな問い掛け。 多分に混乱しつつも、なのはは何とか言葉を搾り出す。 「・・・こちら時空管理局所属、戦技教導隊。聞こえますか? 此処はミッドチルダ、次元世界の中心地です。そして見ての通り、我々は人間です」 数秒の沈黙、そして返答。 『感度良好だ。失礼ながら時空管理局という組織について、当方には一切の情報が無い。繰り返すが、貴方がたは人間なのか?』 「そうです。貴方達は? 地球の軍事組織なのですか? 何の目的があって此処に?」 『・・・説明したい所だが、どうも我々の間には誤解が生じている様に思われる。暫く待って欲しい。こちらは無益な交戦を望んではいない』 交戦を望まないとの言葉に、なのはは視線を鋭くする。 そして、毅然とその要求を突き付けた。 「なら姿を見せなさい。機体ではなく、乗員の姿を。この要求が受け入れられない以上、私は貴方がたを脅威と看做します」 震えそうになる手を握り締め、言い放つ。 これは賭けだ。 この2機を相手にして、生還できる確立など僅かにも存在しない事は、彼女自身が良く理解していた。 アクセルシューターの弾速は不明機の速度に及ばず、ショートバスター以外の砲撃を放とうにも、足を止めた瞬間に狙い撃たれるのは目に見えている。 しかし彼等は間違いなく、こちらとの対話を望んでいるのだ。 ならば、その機会を無碍に破棄する可能性は低い。 こちらの要求に対して、ある程度は応える筈だ。 『戦技教導隊所属、高町一等空尉より緊急連絡。皆、少しの間、攻撃を控えて。私は不明機との接触を図っています』 『空尉!?』 『何を言っているんだ、高町!?』 念話を用い、通信可能な範囲内の全局員に対し、攻撃を控えるよう通達する。 フランベル二等陸士を初めとし、戦技教導隊の同僚までもが驚愕する中、なのはは必至に現状を訴えた。 今、この機会を逃せば、双方が歩み寄る事は二度と無いのかもしれないのだ。 『敵の攻撃が沈静化している筈です! 決して刺激しないで! こちらが手を出さなければ、向こうも攻撃を控えます!』 その時、なのはからの要求の後、沈黙を保っていた目前の不明機から、声が発せられた。 彼女の要求に対する返答が。 『了解した。キャノピーを開放する』 見れば、廃棄都市の各所からあの4機、深紅の不明機体が姿を現していた。 徐々に高度を上げ、ビル群の上空100m程の高度で静止する。 地上からの攻撃は無い。 恐らくは固唾を呑みつつ、この接触の様子を見守っているのだろう。 そして遂に、不明機のキャノピーが動き始めた。 全体が前部へとずれ、次いで側面方向へと開放されてゆく。 息を呑み、もうひとつの第97管理外世界からの来訪者、未来の地球人と相対する瞬間に身構えるなのは。 その、眼前で。 上空より降り注いだ閃光が、不明機を貫いた。 「え?」 呆けた声が零れる。 眼前には、キャノピーを貫かれ、一拍の後に炎を噴き上げる深紅の不明機体。 バランスを崩し、錐揉みしながら地上へと墜ちてゆく。 ビルの壁面に衝突し、そのまま数棟を貫き、漸くあるビルの中腹にて停止。 爆発は無い。 反射的に上空を見やる。 其処に、更なる異形の姿があった。 十数メートルはあろうかという全高。 重装甲の甲冑を思わせる全体像。 背面より噴き出す青い炎。 そして、左腕と一体化した巨大な火砲。 安定を図る為か、その砲身に備えられたグリップを握る右腕。 その砲口から数度、光が瞬く。 降り注ぐ、青い燐光を纏った砲弾。 それは先日、地上本部にて目にしたエスティア撃沈時の映像に映り込んでいた、あの不明機の砲撃に酷似していた。 砲弾は先程の不明機墜落地点へと殺到、周囲のビルごと一帯を消し飛ばす。 轟音、振動。 粉塵が巻き起こり、巨大な灰色のオブジェが廃棄都市区画に出現した。 同時に、頭上から爆発音が響き渡る。 再度見上げれば、あの巨人が四肢を吹き飛ばされ、更に胴部へと青い砲撃を受けて四散していた。 上空へと退避していた筈の不明機体群が、周囲を飛び交っている。 その時、地上本部より通信が入った。 傍らに空間ウィンドウが開き、表情にありありと焦燥を滲ませたオペレーターの顔が映し出される。 続いて放たれた言葉は、殆ど絶叫の様なものだった。 『第4廃棄都市区画にて複数の次元断層発生を検出! 小規模34、中規模1! なおも増加中!』 その言葉とほぼ同時、なのはの視界にそれが映り込む。 廃棄都市の西端より迫り来る、異形の軍勢。 火砲と一体化した腕を構え、噴射炎を煌かせてこちらを目指す、空翔ける巨人の行軍。 そして、その後方。 ハイウェイの彼方に鎮座する、鋼鉄の巨獣。 そして、巨人の軍勢が左右に割れる。 彼方の巨獣が「前脚」をアスファルトへと食い込ませ、地を這う様に身を沈ませていた。 見るからに強固な印象を与える前面装甲、その上部砲台が一瞬にして後方へと引き込まれ、其処から巨大な砲口が露になる。 直後、光は放たれた。 「・・・嘘」 直径が20mを優に超える、青い光の奔流。 それが一瞬にして、クラナガン近郊の空を引き裂く。 実に3秒間もの放射が収まった時、上空の不明機体群からは数機の影が消えていた。 破片も、其処に機体が存在したという痕跡すら残さずに。 余りの光景に、呆然と空を見上げるなのはの耳に、ロケットエンジンの噴射音にも似た轟音が飛び込む。 ハイウェイの彼方へと目を向け、彼女は獣が獲物へと飛び掛らんとする様を目撃した。 そして巨獣の後部、轟音と共に赤い光が爆発する。 周囲数十棟のビルを完全に崩壊させる程の爆炎を推進力として、巨獣は巨人の軍勢を率いて前進を開始した。 ハイウェイを破壊し、ビルを薙ぎ倒し、瓦礫を数百mの上空まで巻き上げながら、巨獣はこちらを、クラナガンを目指し突進してくる。 それを援護するかの様に巨人の軍勢が左腕を翳し。 それらの砲口より放たれた砲撃、そして不明機体群が放った無数の砲撃が、第4廃棄都市区画の空を白く染め上げた。
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鼓膜を劈く爆音と共に、眼前の鉄塊が業火を纏い四散する。 衝撃に煽られ、尋常ではない規模の爆発に焼かれ、無数の破片に肌を切り裂かれながらも、致命的な光学兵器の一撃が放たれる事なく霧散した事を認識し、ヴィータは彼方の影を見据えた。 黒煙に覆われた空、その中に浮かび上がる奇妙な影。 無骨な鉄の塊としか表現できないそれは次の瞬間、大気を打ち破ってヴィータの頭上を突き抜けた。 爆発と同時、咄嗟に騎士帽を押さえていた手が、衝撃波に煽られ後方へと振り解かれる。 それでも手放さなかった騎士帽が、手を通して伝わる不快な振動と共に千切れ飛んだ。 吹き飛ばされるままに、身体を半回転させるヴィータ。 上下の入れ代わった視界の中に彼女は、自身が狙いを定めていた人型兵器へと突進する、不明機体の噴射炎を捉えた。 そして、次の瞬間。 「・・・ッ!」 大気が、震えた。 ヴィータが、それを音として受容する事はない。 彼女の聴覚は、ガジェットの爆発と不明機が通過した際の衝撃音により麻痺しており、未だ正常な機能を取り戻してはいない。 しかし、全身を巨大な空気の壁に打ち据えられたかの様な衝撃、そして彼女の目前で起こった信じ難い現象が、周囲一帯を震わせる程の轟音の発生を感じ取っていた。 常軌を逸した光景、衝撃に揺れる視界。 腕だ。 人型兵器の腕が、まるで発射されたミサイルの様な勢いで、遥か彼方へと吹き飛んでゆく。 脚部は半ばより千切れ飛び、ハイウェイを貫通して高架脚をも打ち砕き、更にその下のアスファルトへと激突して瓦礫に埋もれた。 無数の装甲の欠片が花火の様に四方へと散り、宛ら散弾の如く周囲のビル群を襲う。 僅かに残っていたガラスが軒並み砕け散り、壁面は目も当てられぬ程に穿ち砕かれ、最早廃墟としか言い様のない惨状と化すビル群。 不明機の陰に位置していたヴィータは被害を免れたものの、次いで視界へと飛び込んだ光景に、我が目を疑った。 「・・・カートリッジ?」 不明機後部より排出される、無数の金属筒。 それは、カートリッジシステムを搭載したデバイスを用いる彼女にとって、見慣れた動作。 「排莢」だ。 「・・・何、だ?」 そして、不明機が進路を変えた事により、その側面がヴィータの視界へと曝される。 他の不明機体と比較して明らかに肥大化した機体の各所から突き出す、幾本もの鋭く長い針状の突起。 漆黒のキャノピー、その後方に位置する巨大な盾。 しかし何より彼女の目を引いたのは、機体下部より突出した巨大な「杭」。 不明機体の全長とほぼ同じ長さのそれは、微かに紫電の光を放つと、それを振り払うかの様に機体下部へと引き込まれた。 接近戦用の射出型刺突兵器。 それを理解した瞬間、ヴィータの脳裏に浮かんだ言葉はただひとつ。 「正気じゃねぇ・・・」 その言葉は、一連の戦闘を目撃した全ての管理局員の心境を、これ以上ないほど的確に言い表していた。 高機動がアドバンテージである筈の戦闘機に、よりにもよって超至近距離でしか用いる事のできない格闘兵装を搭載するとは。 質量兵器の廃絶を謳う管理局ではあるが、過去の大戦で用いられたそれに関する知識は、僅かではあるが局員も訓練校時代に座学として学ぶ。 しかし少なくとも、航空機に格闘兵装を搭載するなどという常軌を逸した兵器の存在については、ヴィータの知るところではなかった。 その間にも、刺突兵装を備えた不明機は次なる標的へと狙いを定め、燕の様な鋭さと鷲の如き獰猛さを兼ね備えた機動で襲い掛かる。 標的は管理局部隊と交戦中の人型兵器、その周囲には護衛の様に複数のガジェットが纏わり付き、地上から放たれる魔力弾に対し突撃しての自爆行為で以って応戦していた。 不明機はその背後より急接近、質量兵器を連射。 ガジェットが反応し、ほぼ同時に被弾して装甲から火を噴く。 僅かに軌道を修正し、直後に7機のガジェットが不明機へと突撃を開始した。 不明機、進路そのまま。 このままでは、7機のガジェットと正面から激突する事となる。 腹部の負傷さえ忘れ、思わず声を上げんとするヴィータ。 しかし、彼女が思い描いた不明機とガジェットの衝突が、現実の光景となる事はなかった。 何時の間にか、上空より舞い降りた2機の不明機体。 突進する不明機の前面へと同速度で並んだその2機は次の瞬間、金色に輝く弾体を正面へと射出した。 発射された弾体は瞬時に炸裂、2機の前方に同速度にて前進する半透明の「壁」を形成。 続く光景に、ヴィータとリィンは言葉を失った。 正面から3機の不明機体へと突入したガジェット群が、「壁」へと激突・爆発したのだ。 魔法陣でも物理障壁でもない、立体映像の様な金色のブロック状構造物が寄り集まった、光る壁へと。 それだけに留まらず、激突したガジェットは「壁」を僅かたりとも貫く事ができずに、その壁面で爆発を起こした。 あれだけの速度・質量を兼ね備えた突進、更には続いて発生した爆発でさえ、あの「壁」を突破する事は叶わなかったのだ。 その様子を唖然として眺める2人。 直後、爆炎を突き抜けて3機の不明機体が姿を現す。 前衛の2機が大型ミサイルを発射、離脱。 人型兵器の後方から現れた3機のガジェットがそれを受けるも、余りの威力に突撃へと移行する事もできないまま爆発、逆に人型兵器が爆炎に呑まれる。 その隙を突き、残る不明機体が急速接近、減速すらせずに人型兵器の胴部へと突入。 次の瞬間、巨大な杭がその胴部を打ち抜き、背面へと貫通する。 否、貫通などという生易しいものではない。 胴部が一瞬にして消し飛び、四肢は先程と同様に四方へと弾ける。 不明機体後部より排莢される、無数のカートリッジ。 火花と破片が空中に巨大な花を形成し、一拍遅れて周囲に異様な轟音が響き渡った。 膨大な量の炸薬が弾ける際の、思わず身が竦む様な苛烈な音。 そして分厚い鉄板を無理矢理に打ち抜く際の、生理的不快感と本能的な恐怖を呼び起こす音。 鼓膜を襲うそれらに対し、呻きと共に思わず閉じた目を再度見開いた時、「それ」がヴィータの視界へと映り込んだ。 「・・・ヤバいッ!」 無意識にそう吐き捨て、ハンマーフォルムへと戻っていたグラーフアイゼンを担ぎ直すヴィータ。 自身が出し得る最高の速度で、不明機の許へと向かう。 「気付いてねーのかッ、アイツ!」 不明機の進路上、眼下のビル群。 その中の1棟、辛うじて原形を保っているビルの屋上を突き破り、あの人型兵器の左腕、巨大な砲身が突き出していた。 何らかの欺瞞装置を用いているのか、不明機がそれに気付く様子は無い。 それどころか、急速に接近するヴィータに気を取られたのか、唐突に進路を変更し彼女の方角へと向き直ってしまったのだ。 「ッ! このッ!」 咄嗟に急制動、指の間に挟んだ4個の鉄球を宙へと放るヴィータ。 それと同時、担いでいたグラーフアイゼンを、軽々と片手で振るい。 「大バカ野朗がッ!」 魔力によって宙へと固定された鉄球に、渾身の力で以って叩き付けた。 甲高い衝撃音。 飛び散る火花と共に4個の鉄球が赤い魔力光を纏い、銃弾もかくやという速度で不明機体へと向かう。 シュワルベフリーゲン。 当然、ミサイルにも遥かに及ばない弾速のそれを、不明機は危なげもなく躱し。 同時に、直下から放たれた人型兵器の砲撃をも回避した。 「これで気付いただろ、マヌケ!」 ヴィータのその叫び通り、不明機は眼下の敵に気付いたらしい。 すぐさま進路を変更し、しかし背後から高速で接近する影に反応。 ガジェットだ。 凄まじい白煙を噴きつつ、不明機へと突進する。 しかしそれは、彼方より飛来した4条の赤い光に撃ち抜かれ、爆発。 先程ヴィータが放ち、その後も操作を続けていたシュワルベフリーゲンだ。 「アイゼンッ!」 『Raketenform』 ロードカートリッジ、グラーフアイゼンをラケーテンフォルムへ。 ガジェットの爆発を見届けたのか、不明機はヴィータから注意を外し下方からの砲撃を回避しつつ横回転、上下を入れ替えた状態から更に機首を直下へと向け、後部ノズルより業火を発しての垂直降下を敢行。 先程のガジェットに勝るとも劣らぬ加速もそのままに、ビル屋上を突き破って現れた人型兵器の上半身へと質量兵器を撃ち込みつつ突入、刺突兵装の一撃を見舞う。 しかし、先程の攻撃から然程時間が経たない内の攻撃である為か、はたまた何らかの問題が発生したのか、その攻撃には先の2回の様に異常なまでの破壊力は見られない。 それでも左腕の砲身を粉砕した不明機であったが、人型兵器と衝突した際に残る右腕によって組み付かれてしまう。 機体各所からスラスターの炎を噴出させ、拘束状態からの脱出を図る不明機。 しかし、人型兵器は自身のバーニアを作動させ組み付いたままの不明機と上下を入れ替えると、そのまま半壊した屋上を貫いてビル内をも突き抜け、壁面を内部より打ち破ってハイウェイへと激突する。 崩れ落ちるハイウェイ。 人型兵器の攻勢は止まるところを知らず、更に全身を不明機へと圧し掛からせた上でバーニアを作動、そのまま機体を押し潰さんとする。 この時点で既に、不明機の機体各所に配された針状の突起は1本を残し折れ飛び、左主翼は根元から完全に脱落していた。 推進部にはこれといって重大な損傷を負った様子は無いが、このままではいずれ機体ごと押し潰されるだろう。 上空の不明機体群も、味方を巻き込みかねないこの状況で手出しはできないのか、周囲を旋回するだけだ。 しかし1人だけ、この状況下で人型兵器へと攻撃を仕掛ける者が存在した。 「っりゃあああぁぁッッ!」 ヴィータである。 魔力を推進剤として独楽の様に回転しつつ、一気に距離を詰め全力でスパイクを人型兵器へと叩き付ける。 スパイクの先端は彼女より遥かに巨大な人型兵器の胸部を捉え、信じ難い事にその鋼鉄の身体を撥ね上げた。 貫かれこそしなかったがその胸部装甲は大きく陥没し、不明機を捉えていた右腕も宙へと投げ出される。 それでもすぐに体勢を立て直し、その右腕を不明機の存在していた場所へと叩き付ける人型兵器であったが、既に其処には不明機の影も形も無かった。 すると今度は標的を変更したのか、頭部装甲の隙間から覗く複眼状のセンサー群らしき装置が、ヴィータへと向けて微かな光を放つ。 その光景を前にして、しかしヴィータは慌てるでもなく、グラーフアイゼンを杖代わりに傷付いた身体を休めていた。 彼女を叩き潰さんと、人型兵器がその腕を振り被る。 と、ヴィータがその「隣」をついと指差し、口を開いた。 「だからさぁ」 その言葉に反応した訳ではないだろうが、何らかの反応を捉えたか、人型兵器が自身の左側面へと振り向く。 次の瞬間。 「周りは良く見ろっつってんだろ、バカが」 大気の破裂する轟音と共に射出された巨大な「杭」によって、人型兵器は木っ端微塵に吹き飛んだ。 パンツァーヒンダネス。 赤い防護障壁の外を、轟音と共に無数の破片、そして凄まじい爆風が背後へと突き抜けてゆく。 その凄まじい衝撃と飛来する破片は、本来ならば一瞬にして障壁を打ち砕く程の威力を秘めていた。 しかし、ヴィータが直前に陰へと駆け込んだ、巨大なハイウェイの残骸との接触によりその威力は減衰し、障壁を破るには至らなかった。 そして、爆風が奏でる壮絶な演奏が止んだ頃、ぼろぼろになった騎士帽を頭に乗せたヴィータが、耳を押さえつつ瓦礫の陰から身を乗り出す。 「あー、いってぇ・・・鼓膜が割れそうだ」 『そんな事よりヴィータちゃん、手当てをしないと・・・』 軽い内容の言葉とは裏腹に、今にも崩れ落ちそうな小さな身体。 白い騎士甲冑の腹部には赤黒い染みが拡がり、その口からは咽込む度に血が零れる。 しかしそれだけの傷を負ってなお、「鉄槌の騎士」の双眸から戦意が失われる事はなかった。 その時、地響きと共にヴィータの視界が揺れ始める。 こんな時に地震か、と悪態のひとつも吐こうとした彼女だったが、地上本部から通信が入るや否や顔色を変えた。 『ミッドチルダ中央区画全域に於いて地震発生! 震度5、震源はクラナガン西南西20km、震源深度18km!』 クラナガン西南西20km。 十数分前に届いた通信の記憶が確かならば、その地点には第4廃棄都市区画から移動した大型機動兵器が存在する筈である。 その地点が震源という事はつまり、この地震はその大型機動兵器により人工的に引き起こされているとでもいうのか。 「・・・リィン、ユニゾン解いて陸士の連中に保護してもらえ。アタシは震源に向かう」 『ヴィータちゃん!? 何言ってるですか!』 グラーフアイゼンを担ぎ直し、再度空へと上がろうとするヴィータ。 しかし想像以上に消耗していたらしく、満足に浮かぶ事もできぬままアスファルトへと膝を突いた。 「あぐッ・・・!」 『これ以上は無理です! ヴィータちゃんも手当てを受けないと!』 「アイツは・・・なのはは、絶対に向かう筈なんだ・・・」 『え?』 血を吐きつつも、掠れた声でヴィータは呟く。 その瞳には悔恨と、抑え切れない不安が浮かんでいた。 「アイツが、こんな状況で無茶しない筈が無ぇ。あの時だってそうだったんだ・・・アタシが、アタシがぶん殴ってでも止めなきゃ・・・」 『でも、ヴィータちゃんだって!』 「ゆりかごの後のアイツを忘れたのかよ! あの時は何とかなったけど、次も無事で済むとは限らねぇんだぞ!」 『ッ・・・!』 その言葉に、リィンも押し黙る。 JS事件収束直後、なのはを襲ったブラスター3使用による後遺症。 シャマルを中心とした本局医療スタッフの尽力もあり、半年ほどで回復の目処が立ったものの、次に同じ事があれば回復する保証は無いとも宣告された。 その結果、なのはを知る者達の間からは、レイジングハートからのブラスターモード撤去案すら提示されたのだ。 しかしその案も、なのは本人の強固な拒否によりお流れとなった。 つまり現時点で、彼女は何時でも任意にブラスターモードを起動できるのである。 そして今、この状況。 人為的に地震を起こす大型機動兵器などという怪物を相手に、彼女が出し惜しみをする理由などありはしない。 「だからッ・・・今度こそアタシが・・・」 『満足に飛べもしない状態で何言ってるです! お腹を撃ち抜かれてるんですよ!?』 「それこそ初めてって訳じゃねぇ。ゆりかごの時はもっと酷かった。リィン、アタシは大丈夫だから、お前は・・・」 『駄目です!』 「大丈夫だ・・・少し休めば・・・これくらい・・・」 押し問答を続ける2人。 しかしその眼前、先程の爆発の後に新たに崩落したハイウェイの残骸が吹き飛び、細かな瓦礫を周囲へとばら撒く。 反射的に腕を翳して身構えるヴィータ、驚愕するリィン。 やがて瓦礫の中から現れたのは、あの刺突兵装を備えた不明機体だった。 深紅の装甲には其処彼処に無数の傷が刻まれ、左主翼と右垂直尾翼が脱落し、機体右側面の盾は基底部から千切れ飛んでいる。 それでも、推進部に深刻な損傷は無かったのか、1mほど浮かび上がった機体はそのまま離脱を図ろうとした。 しかし上空へと数機のガジェットが現れ、レーザーを放ってきた為に断念。 後退し、瓦礫の中へと身を潜める。 直後、管理局部隊の攻撃を受けたのか、ガジェットは火を噴きつつあらぬ方向へと突撃を開始した。 その光景を目にした為か、或いは周囲に多数の敵が存在する事を観測したのか、不明機は瓦礫の中で微動だにしない。 ヴィータもまた、少しでも身体を休めるべくその場を動こうとせず、20mほど離れた位置から不明機の動向を窺っていた。 崩壊したハイウェイの陰、敵味方双方の目が届かぬ薄闇の中。 鉄槌の騎士と深紅の不明機体は、激しさを増す地震を気に留める様子も見せず、ただ只管に沈黙を貫く。 そして十数分後、漸く不明機体が瓦礫の中から前進し、空へと戻るべく僅かに機体を上昇させた、その瞬間。 「おい!」 鉄槌の騎士は、自身ですら予想だにしなかった言葉を、不明機へと投げ掛けていた。 「アタシを、化け物の所へ連れていけ!」 * 「見付けた!」 第4廃棄都市区画上空より、森林地帯に残る大型機動兵器の通過跡に沿って飛行を続ける事、数分。 なのはが指揮を取る追撃隊の視界へと、それは映り込んだ。 「何をしているの・・・?」 広大な森林地帯の中、4つの脚部ユニットを四方へと広げ、機体下部より鈍い光を放つ大型機動兵器。 周囲には無数のガジェットが大型機動兵器を取り巻く様に旋回を続け、更には6機の人型兵器が砲口をこちらへと向けている。 眼下の森林地帯、その其処彼処から立ち上る紅蓮の炎と黒煙が、大型機動兵器の追撃に当たっていた8機の不明機体と、1044航空隊の末路を物語っていた。 思わず、苦しげに表情を歪ませるなのは。 しかし、視界の端で大型機動兵器が痙攣するかの様な動きを見せると同時、不意に大気中へと走った巨大な振動を感じ取り、彼女は追撃隊の面々へと念話を繋いだ。 『今の、感じた?』 『ええ、はっきりと! やはりアイツがこの地震の元凶のようです!』 『一尉、ガジェットが!』 その言葉と同時、追撃隊に対しガジェット群が迎撃態勢を取る。 その数、50機前後。 すぐさま魔導師達が互いに間隔を取り、ガジェットの突撃に備える。 1603・2024航空隊の空戦魔導師達が前進、砲撃魔法発動までの時間を稼ぐべくガジェット群との交戦に入ろうとした、その時。 追撃隊の後方から6機の不明機体が姿を現し、彼等の前方へと躍り出た。 「な・・・!」 その光景に、驚きを隠せないなのは。 見れば周囲の魔導師達も、各々が驚愕の表情を浮かべ、不明機体群の後ろ姿を見やっている。 すると、6機の機首付近へと、甲高い音と共に青い光が集束を始めた。 この後に何が起こるのか、なのはを含む魔導師達は知っている。 砲撃だ。 誰が注意するでもなく、彼等は一様に自身の目を手で覆った。 直後、凄まじい轟音と振動が全身を突き抜ける。 そして手を退けた時、なのは達の目前には奇妙な光景が拡がっていた。 「・・・壁?」 それは金色に輝く、半透明の巨大な壁だった。 5m程の半透明・黄金色のブロック状構造物が数十個、寄り集まって巨大な壁を形成していたのだ。 その向こうからは、10を超えるガジェットが白煙と炎を噴きつつ、こちらへと突撃してくる光景が目に入る。 咄嗟に前進を中断し、各々のデバイスを構える追撃隊。 しかし、あろう事かガジェット群は壁へと接触すると、それを貫く事なく次々と爆散してゆくではないか。 信じ難い光景に魔導師達は、数瞬ながら呆けた様に金色の壁を眺める。 その前方、ガジェット群の突撃を受け切った金色の壁が、ガラスの様に砕けて空間に融けた。 そして、不明機体が突き抜けた事によって霧散した黒煙の先。 他の不明機体群による一斉砲撃を受け、消し飛んだ前方の森林地帯が視界へと飛び込む。 濃緑の木々、地上にて燃え盛っていた業火、群れを成すガジェットと人型兵器。 その一切合財が跡形も無く消し飛び、巻き上げられた僅かな粉塵だけが、小雨の様に地表へと降り注いでいた。 数kmに亘る壮絶な破壊の爪跡に、愕然としてその光景を見つめる魔導師達。 しかし、粉塵の中から無数の青い光弾が放たれる様を見るや否や、砲撃魔導師達は一様に自身のデバイスをその発射点へと向ける。 彼等の眼前、再び展開される金色の壁。 見れば先程の6機の内2機、防御型らしき機体が彼等の側へと留まり、障壁を交互に発射・形成していた。 どうやら、敵の攻撃を防いでいる内に砲撃を発動させろ、という事らしい。 それを理解すると同時、なのはは叫ぶ。 「チャンスだよ! みんな、いい? 此処で止めるよ!」 『了解!』 念話と発声が入り乱れ、ひとつの意思となってなのはの元へと届いた。 空中に展開される魔法陣の足場。 その数、実に32。 魔法陣の上に立つ人影が、各々に構えるデバイス。 ある者はそれを取り巻く様に環状魔法陣を展開し、またある者は自身の掌へと光球を生み出す。 発動の形式も、発する光の色も各々に異なるそれらに共通するのは、いずれも同じく砲撃魔法であるという事。 そして、その中央。 桜色の魔力光が、環状魔法陣の中心で膨れ上がる。 カートリッジを2発ロードしての、ディバインバスター・エクステンション。 ブラスターモードは使用しない。 これだけの砲撃魔導師による一斉砲撃だ。 無理をせずとも、確実に目標を破壊できる。 仲間達が必死に癒してくれた身体を、無碍に扱って三度も壊す訳にはいかない。 「ディバイン・・・」 不明機体が張り続けている防御壁のお蔭で、集束の為の時間は稼げた。 巨大な防御壁の内にはなのはのみならず、今にも暴発しそうな無数の魔力集束体が、発射の瞬間を待ち望んでいる。 そして防御壁が掻き消え、無数の誘導光弾が魔導師達へと襲い掛からんとした、その瞬間。 「バスター!」 その声を引き金として、轟音と共に光の奔流が放たれる。 大気を震わせて直進する、無数の砲撃魔法。 それらは交じり合い、虹色の壁となって誘導光弾を消し去り、粉塵の向こうに位置する大型機動兵器へと殺到した。 32人の砲撃魔導師達は、各々が砲撃に特色を持つ。 中には威力・速度・精度・射程など、ある点に限定するならば、なのはをも凌駕する者達すら存在するのだ。 一度に複数の砲撃を放つ者も居れば、極限まで圧縮された魔力を用い、貫通力に優れた砲撃を放つ者も居る。 そんな者達が30人以上、しかも単一の目標に向けての同時砲撃。 その威力たるや、戦術魔導兵器にも匹敵するだろう。 交じり合い、ひとつの巨大な砲撃魔法と化したそれは、大型機動兵器のみならず地表をも呑み込み炸裂、巨大な魔力の爆発を引き起こす。 爆発の後に残留物質が生じる質量兵器とは異なり、純粋な魔力炎のみの爆発。 天をも貫かんばかりのそれが視界を埋め尽くすと同時、追撃隊の面々から歓声が上がった。 其処へ繋がる、地上本部からの通信。 『振動・・・止みました! 地震は収束! ミッドチルダ中央区全域、異常振動消失!』 歓声が、更に強くなる。 なのはもまた肩の力を抜き、レイジングハートの矛先を下ろして息を吐いた。 その顔へと浮かぶのは、紛れもない笑み。 危機を脱した喜びと、大事を成し遂げた達成感からの笑みだった。 「やりました、やりましたよ一尉! 私達、あの怪物を倒したんですよ!」 「凄かったな、オイ! 30発以上の砲撃魔法を一度にぶっ放すなんて、管理局史上で俺達が初めてだろうぜ!」 「やったな、高町!」 近くに居た数名の魔導師達が、なのはへと声を掛ける。 その浮かれ様に釣られたか、彼女もまた上機嫌で言葉を返した。 「・・・そうだね。私達・・・私達、やったんだね!」 「そうだよ!」 教導隊の同僚である女性局員が、感極まった様になのはへと抱き付く。 なのはもまた彼女を抱き締め、2人で笑い声を上げながら少女の様にくるくると回り始めた。 周囲もまた、口笛を鳴らす者、歓声を上げ続ける者、仲間と手を取り合って笑う者など、各々の方法で歓喜を分かち合っている。 そんな中、6機の不明機体が彼等の頭上を横切り、砲撃の着弾点へと向かった。 その姿を視界へと捉えた空戦魔導師が、鋭く警告を発する。 『不明機体群、着弾地点へ接近。情報収集行動と思われる』 未だ不明機体群の脅威が解決した訳ではない事を思い出し、慌ててデバイスを構え直す一同。 しかし不明機体群は彼女達に些かの興味も見せず、未だ炎を噴き上げ続ける着弾点を包囲し始めた。 その行動に、魔導師達は不審を抱き始める。 『・・・何をしている?』 『敵の撃破を確認しているのでは? 随分と用心深いですね』 『確認って・・・どう見ても吹き飛んでるじゃな・・・』 その、次の瞬間だった。 「えっ・・・」 回避どころか、反応する暇さえ無かった。 巨大な青い光の奔流が天を貫き、空を薙ぎ払ったのだ。 なのはの頭上、約20m程の位置を通過したそれは、3機の不明機体と20人前後の魔導師達を瞬時に消滅させた。 跡には、何も残らない。 数十秒前まで共に歓喜を分かち合っていた仲間が、世界を危機から救ったと誇らしげに語り合っていた戦友が。 其処に存在していたという痕跡すら残さず、一瞬にして消し飛ばされたのだ。 そして、破滅の光を放った、その存在。 「・・・嘘」 前方、吹き上がる魔力の爆炎。 業火の壁が一部、強大な力によって消し飛んでいる。 その隙間から覗く、濃灰色と緑の装甲。 損壊した正面装甲の隙間から、巨大な「コア」らしき部位を露出させた大型機動兵器が、その砲口をこちらへと向けていた。 「散ってッ!」 なのはの絶叫と同時、再び空間を光が突き抜ける。 咄嗟に回避行動を取るものの、攻撃の範囲が余りに広過ぎた。 躱し切れずに3人が光に呑まれ、更には2機の不明機体までもが撃墜される。 どうやら彼等にとっても、大型機動兵器の健在は予測の範囲外だったらしい。 残る1機が離脱を図るものの、三度放たれた閃光によって跡形も無く消滅する。 不明機体群、全滅。 そして、魔力による業火の中。 大型機動兵器は、もう用は無いとばかりに、魔導師達へと背を向ける。 待機状態にあった、2基の巨大なエンジンノズルが展開。 逃げるつもり、などと考える者は存在しない。 なぜなら、鋼鉄の巨獣がその鼻先を向けたその方角に存在するのは、他ならぬクラナガン。 化け物は、首都へと突入するつもりなのだ。 その瞬間、仲間の死も、自身の身体の事も、一切がなのはの脳裏から消え去った。 浮かぶものはただひとつ、クラナガンで彼女を待つ愛しい我が子、ヴィヴィオ。 「レイジングハート!」 『Starlight Breaker』 残るカートリッジを全てロード。 なのはの眼前に、巨大な魔法陣が現れる。 その中心へと、流星群の如く集束する魔力素。 周囲の砲撃魔導師達も、何を言われるでもなく己が最大の集束砲撃魔法を発動せんとしている。 その胸中を満たすのは、仲間を殺された事による怒りか、はたまた絶望か。 いずれも憎悪を滾らせた目で大型機動兵器を睨み据え、握り潰さんばかりの力を込めて自身のデバイスを構えていた。 なのはは、光の翼をはためかせるレイジングハートの矛先を自身の後方へと構え、徐々に肥大化する魔力球越しに大型機動兵器を視界へと捉える。 轟音が響き渡り、爆炎が空気を焦がした。 大型機動兵器、エンジン点火。 100mを優に超える推進炎がノズルより噴き出し、その先端からは白煙が宙へと放たれる。 僅かに数十m側面を掠める白煙の帯を気に留める事もなく、魔導師達は微動だにせず、突進を始めた獣の後ろ姿へと照準を合わせていた。 許せない。 この存在だけは、決して。 戦友達を殺し、世界を陵辱し、今まさに我が子すら殺めんとする、鋼鉄の巨獣。 この怪物、この化け物だけは――― レイジングハートの矛先を、光球の中心へと突き付ける。 その動作に込められた意思は、嘗てヴィヴィオに埋め込まれたレリック・コアを破壊した際とは異なる、何処までも純粋な敵意。 それは際限なく膨れ上がり。 「スターライト・・・」 ―――「生かして」はおけない! そして、爆発した。 「ブレイカー!」 閃光、そして轟音。 10を超える集束砲撃魔法。 それらが一斉に、周囲の大気そのものを消し飛ばしながら、巨獣へと放たれた。 背後の異変を感知したのか、再びこちらに回頭しようと曝されたその側面へと、砲撃が着弾する。 信じられない程に強固なその装甲。 魔力による障壁が張られている訳でもない、ただの物理障壁。 にも拘らず、それは表面を融解させるのみであり、集束砲撃魔法の一斉射に耐えていた。 しかし、そんな事でなのはの意思が挫かれる事はない。 此処からが、集束砲撃の真髄なのだ。 魔導師達が、一斉に声を放つ。 それは、敵に確実な滅びを齎す、破滅のトリガーボイス。 「ブレイク・・・」 各々異なるコマンドが紡がれると共に、砲撃を放ち続ける魔力球、または魔法陣が二回り以上拡大、更に大量の魔力素が集束する。 そして。 「シュート!」 先の砲撃を呑み込む様に、更に大規模な砲撃が放たれた。 初撃の軌道を道標に、標的へと殺到する巨大な破壊の閃光。 互いに干渉し合い、弾け、折り重なり、更に強大となって襲い掛かる魔力の砲弾。 魔導師の誰もが、煉瓦の様に打ち砕かれる大型機動兵器の姿を幻視する。 そして次の瞬間に起こった事を、なのははスローモーションの様に引き伸ばされた感覚の中で認識した。 本命の砲撃が着弾する直前、大型機動兵器が瞬時にこちらへと向き直ったのだ。 明らかに脆弱と解る「コア」らしき部位を自ら砲撃へと曝す、自己保存の観点から見れば余りにも異常な行動。 しかし、直後に展開された巨大な砲口に、なのはの背筋は凍り付いた。 まさか。 まさか、真っ向から抗うつもりなのか? この一斉砲撃に? そんな事は不可能だ。 これだけの砲撃の嵐を打ち破る事など、万が一にも有り得ない。 そう、「万が一」にも。 そう思考しつつも、なのはの直感は警告を鳴らし続けていた。 目前の存在こそが、その「万が一」であると。 彼女の中に築かれていた魔導師としての常識を、完膚なきまでに打ち砕いた不明機体群と同じく、この鋼鉄の巨獣もまた己の理解から外れた存在なのだと。 その直感に押されるがまま、何かしらの声を上げるより早く。 これまでの戦闘を通じて最大規模の閃光が、大型機動兵器の砲口より放たれた。 「・・・ッ! ・・・!」 何が起きたのか、理解すらできなかった。 それはなのはのみならず、この場に存在する全ての魔導師に共通するであろう。 十数発の集束砲撃魔法が、正面から放たれた1発の砲撃に競り負けた。 いや、競り合ってなどいない。 両者は拮抗する事もなく、一方的に砲撃魔法が質量兵器の閃光に呑み込まれたのだ。 弾かれた、などという生易しいものではない。 消滅だ。 砲撃の嵐が、一瞬にして消滅させられたのだ。 そして、その嵐を呑み込んだ閃光。 微妙に角度が逸れていた為か、魔導師達の頭上10m程の空間を貫いたそれは、出現時も含めた先の4発とは比べ物にならない余波を周囲へと撒き散らす。 衝撃、そして高熱。 砲撃自体が放つ熱か、それとも副次的な要因によるものかは解らない。 重要なのはそれらが、バリアジャケットの防御をものともせずに突き抜けてくる、その事実だ。 皮膚を炙り、肉を切り裂き、骨を砕く灼熱の衝撃波。 ただ1人の例外なく、紙屑の様に吹き飛ばされる魔導師達。 しかしその勢いたるや、紙屑どころか銃弾の如き速度だ。 その事からも、彼等を襲った衝撃波が、如何に凄まじいものであったかが窺える。 「い・・・ぎ・・・!」 「墜落」してゆく魔導師達の中、なのはは辛うじて意識を保っていた。 何とか身を捻り、迫り来る森の表面に対し背を向ける。 レイジングハート、プロテクション発動。 そのまま森へと突っ込み、木々の枝を折りつつ地面へと衝突。 凄まじい衝撃に、全身が悲鳴を上げる。 薄れゆく意識。 しかし、脳裏に浮かぶヴィヴィオの顔が、このまま眠りにつく事を許さない。 「くっ・・・」 レイジングハートを杖代わりに、立ち上がる。 新たにマガジンを装填、ふらつく身体で無理矢理に空へ上がると、ノズルから業火を噴きつつクラナガンへと突撃する大型機動兵器の後ろ姿が目に入った。 ノズルより噴き出す業火と凄まじい白煙に遮られてなお、その巨体は完全に隠れ切ってはいない。 「行かせ・・・ないよ・・・ッ!」 足場となる魔法陣を展開、レイジングハートの矛先を巨獣の背へと向けるなのは。 ロードカートリッジ3発、再びディバインバスター・エクステンションの発射体勢を取る。 と、その意識に、聞き覚えのある声が念話として飛び込んだ。 『高町、聞こえるか?』 『ッ! 無事なの!? 他の皆は!?』 それは、教導隊の同僚の声。 先程の攻撃を受け、同じく墜落した者の1人だった。 『取り敢えず4人は生きてる。他にも無事な者は居るだろう』 『そう・・・』 『ところで・・・まさか、また1人で無茶しようなんて考えてないだろうな』 その問いに、なのはは沈黙を以って返した。 ご丁寧にも念話として伝えられる、呆れの滲んだ溜息。 しかし続く言葉に、彼女は瞠目する。 『周り、見てみろ』 その言葉に周囲を見渡せば、自身の後方、複数の地点に魔法陣が展開しているではないか。 11人。 11人の砲撃魔導師が、既に長距離砲撃の発動体勢に入っている。 集束する魔力光、膨れ上がる光球。 「皆・・・」 『お前さんの砲撃だけじゃ躱されるかもしれんからな。順次ぶっ放すから止めは任せるぞ、高町!』 『邪魔な煙はこちらで吹き飛ばします。後は頼みます、一尉!』 次々と入る念話。 仲間達の頼もしい言葉に、なのはは薄く笑みを浮かべた。 そして、一言。 『任せて』 レイジングハートを構え、矛先に環状魔法陣を展開、魔力の集束を開始する。 瞬間、その後方から2発の砲撃が放たれる。 それらは前方の白煙を撃ち抜き、その余波で以って大気を吹き散らし視界を確保。 一瞬だが、大型機動兵器の後ろ姿が露となる。 続けて2発。 僅かにタイミングをずらし放たれたそれらを、大型機動兵器は左側面への平行移動によって回避。 更に3発。 1発目を回避した大型機動兵器だったが、続く2発がエンジンノズル付近に被弾、進路が僅かにぶれる。 間を置かずに4発。 迎撃を選択したか、速度を緩めずに180度旋回、前後を入れ替えつつ迎撃態勢を取るという離れ業を見せる大型機動兵器。 しかしコア近辺に2発、中心に1発被弾。 再度コアを庇うべく回頭を図ろうとするも、それより僅かに早く、なのはの砲撃体勢が整った。 「ディバイン・・・」 レイジングハートの矛先へと、三度生み出される桜色の光球。 そして、一瞬の後。 「バスター!」 全てを終わらせるべく、最後の砲撃が放たれた。 大気の壁を撃ち抜き、粉塵と白煙を吹き散らし、往く手を遮る全てを打ち破りながら、大型機動兵器へと突き進む1条の光。 その光は寸分の違いなく、赤い光を放つコアへと突き立つかに見えた。 しかし。 「・・・嘘」 着弾寸前、大型機動兵器の位置が大きく動いた。 エンジンノズルだ。 回頭中、しかも側面方向への高速水平移動を行っている最中にも拘らず、更に高出力での噴射を敢行。 瞬間的に位置をずらし、着弾点をコアから外すという荒業をやってのけたのだ。 一歩間違えれば全体が横転しかねない、余りにも危険な機動。 正しく、正気の沙汰ではない。 「そんなっ!」 常軌を逸した回避行動とその結果に、思わず声を上げるなのは。 必中の意と共に放たれた一撃は、左側面の腕部ユニットらしき部位を損傷させるに留まった。 追撃隊の生存者各員から、大型機動兵器への罵声と、攻撃失敗に対する悲鳴が上がる。 「ッ・・・追うよ!」 『了解!』 しかし、延々と恨み言を吐いている訳にもいかない。 すぐさま、なのはは追撃を決断。 残る生存者の捜索・救助の為に、1603・2024航空隊の生存者を残し、砲撃魔導師はなのはと共に追撃を開始する。 しかし、その遥か前方。 大型機動兵器に、新たな動きがあった。 『一尉、あれを!』 『・・・また何かするつもりか、化け物め!』 見れば、大型機動兵器の右腕部先端が、空に向かって掲げられている。 左腕部は先程の砲撃による損傷で問題が発生したのか、稼動する様子はない。 不吉な予感に急かされるまま、なのはは念話によって更に飛行速度を上げる旨を伝える。 『皆、急ぐよ!』 『高町、クラナガンが!』 同僚の言葉に目を凝らせば、大型機動兵器の更に前方、クラナガン西部区画のビル群が、なのはの視界へと飛び込んだ。 そのほぼ全域から黒煙が立ち上り、遠目ながら既に壊滅に近い被害を受けている事が容易に見て取れる。 思わず悲痛な声を上げそうになるも、それを何とか堪えるなのは。 しかしその努力も、続く光景に空しく敗れ去った。 『一尉! 化け物が!』 悲鳴じみた、否、悲鳴そのものの声が、隊のほぼ全員から発せられる。 何が言いたいのかは、訊かずとも解った。 彼等の見ている光景は、なのはの目にも飛び込んでいる。 閃光。 遅れて届く轟音。 視線の先、空へと向けられた大型機動兵器の右腕部ユニット下部から、周囲一帯を埋め尽くさんばかりの爆炎が噴き出す。 似た様な光景を、なのはは故郷のテレビニュースで幾度となく目にした事があった。 それは、ロケットの発射であったり。 スペースシャトルや、軍用艦から放たれる誘導兵器であったりした。 そして、何より。 「・・・止めてぇッ!」 「大陸間弾道弾」。 21世紀の第97管理外世界に於いて、彼女の知る限り最強にして最悪の兵器。 その発射の瞬間に、余りにも酷似していた。 そして、事実。 右腕部ユニット内から放たれた物体は、明らかに弾道弾そのものの形状をしていた。 悲鳴が、ロケットエンジンの轟音に掻き消される。 悪夢は、終わらない。
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